第20話『狙撃・1』

鳴かぬなら 信長転生記


20『狙撃・1』   






 おらん。




 おらんと言っても、近習の森蘭丸を呼んだわけではない。


 放課後、いつもの公園に足を向けたが、市の姿が無いのだ。


 市は、放課後になると学校や近所の取り巻きを連れては、この公園に足を向けていた。


 なにが癪に障るのか、取り巻き達を怒鳴り散らしたり打擲を加えたりの市であった。


 学校の部活以外はあくびが出るほど退屈な毎日だが、公園に来て妹を冷やかすのが、ちょっとした楽しみになっていたんだぞ。


 公園の入り口はU字型の鉄柵が解れかけの知恵の輪のように植えてある。


 バイクの侵入を防止するための馬防柵のようなものなのだろうが、自転車でも入りにくく、実質的には人がクネクネと身をよじって入るしかない代物だ。


 土俵さえつくれば、相撲興行ができそうなくらいの広さのある公園なのだが、関取のブットイ体では、さぞ難渋するであろう。


 市の心に似ているかもしれんな……。


 そう思うと無意識にスマホを出して写真を撮ってしまう。


 利休の注文で撮っているわけではないので『インスタ映え』も『野にあるごとく』もない。


 俺は関取ではないので、ススっと……いかなかった。




 ウ




 痛いと思った時は切っていた。


 左のふくらはぎに血が滲んでいる。


 見ると、U字柵の下の方が小さくささくれ立っている。自転車か何かが乱暴に入ろうとして傷つけてしまった傷だろう。


 フフ、こういうところも市の心のようだな。


 しかし、ズボンを穿いていたら、こういう傷はつかないだろう。


 転生して女になったからこそ付いた傷でもある。


 女だってズボンは履く? そうだろうが、俺の美意識では女はスカートだ。


 放っておいてもいいのだが、流れた血でソックスが汚れるのはごめんだ。


 グニ


 手の甲で拭って、拭ったそれを無意識に舐めてしまう。


 自分の血でも、舐めると心の臓が跳ねる。血は戦場の味だ。




 取り巻きが居ないことは見当がついていた。


 が、市の姿も無かった。


 ジャングルジムの天辺にも、ベンチや、他の遊具に目を移しても妹の姿は見えなかった。




 何かあったか?




 そう思って、ジャングルジムを右に見ながら足を進める。


 ん!?


 気配を感じた。


 何者かが俺を狙っている。針を刺すのに似た気配だ。


 鉄砲だ。


 京から岐阜への帰り道、千草超えの折に杉谷善住坊に狙撃される寸前に感じた気配に似ている。


 鉄砲は狙っている人間の気配よりも、鉄砲そのものがもつ凶器の気配の方が強い。


 撃たれる!


 思った瞬間に身を捩る。


 パシュン


 ズッコケるほどかそけき音がして、足もとに白い丸薬のようなものが落ちた。


 これは!?


 思った瞬間、俺は地を蹴っていた!


 


 

☆ 主な登場人物


 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生

 熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま

 織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)

 平手 美姫       信長のクラス担任

 武田 信玄       同級生

 上杉 謙信       同級生

 古田(こだ)      茶華道部の眼鏡っこ


 

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