第2話『転生ことはじめ・1』

鳴かぬなら 信長転生記


2『転生ことはじめ・1』   






 転生したか。



 気が付くと狭間(鉄砲を撃ったり矢を射かけるための▽や▢や〇い穴)が穿たれた白壁に沿った石段だ。


 石段は緩やかに湾曲して石垣の向こうに下っている。


 岐阜城の二の丸から三の丸に抜ける石段に似ている。


『ちょっと待って、信長君』


 熱田大神の声がする。


 右手に手鏡のようなものを握っていて、大神の声は、そこから聞こえてくる。


 これは……スマホというものか。


 瞬間驚いたが、頭の中から湧き上がってくるものがあって、すぐに理解できた。


 タッチすると、大神の顔が現れた。


『さすが、呑み込みが早いわね。一度にインストールするとバグっちゃうから、必要なものからやるわね』


「ああ、よろしく頼む」


『まずは、今の信長君の姿を確認』


 画面が切り替わって、妹の市の顔が現れた。


 ちょっと古い。まだ長政に輿入れする直前の十七歳くらいであろうか。


 市には苦労をかけた。


 むろん、浅井との婚儀は、京へ向かう途中の近江の安全を図るためであり、越前の朝倉に対する押さえでもあった。


 しかし、それだけで選んだのではない。長政はいい男だ。


 儂よりも一尺あまり高い美丈夫。聡明な上に情に厚く、なによりも儂の天下取りの意味をよく理解して、儂から一歩引きさがったところでの友誼を持ってくれていた。


 越前攻めでは、見事に裏切ってくれたが、奴の心情は分かっている。父、久政に殉じたための裏切りであった。


 だから、長政は市が裏切りを知らせることにも邪魔をしなかった。両口を縛った小豆袋が(袋のネズミ)を意味していることなど、長政が知らぬわけがない。


 そもそも、完全に寝返ったのであれば、市が越前攻め真っ最中の儂に使いを出すことを許したりはしない。


 小谷の城が落ちる時も、長政は市と三人の姫を猿に預けて助けてくれた。


 戦国の世の習い、長政との間に生まれた男子こそは生かしておけず串刺しにしてやった。長政の首も久政や朝倉義景といっしょに箔濃(はくだみ)にしてやったが、儂の意は汲んでくれておった。


 いずれ、三人の姫たち共々、身の立つようにと考えておったところだ。


 再婚を望むなら、今度は戦とは無縁な公卿。長政への想いを通すなら、それも良し。猿に命じて、長浜に隣接するニ三万石を与えて姫大名にしてやろうとも考えていたところだ。


 あの光秀の謀反さえ無ければ、中国の毛利を従えた後に、この兄は計らってやるつもりでいたのだぞ。


 


 そうか、この兄の気持ちが分かるか、分かってくれるか……ニッコリと笑って、本当に可愛い奴だなあ、お市は。





『えと……それ、信長君の顔なんだけど……』


「え?」


『だからね、よく似た兄妹だから、似ちゃうのよ、女性に転生・す・る・と(^_^;)』


「え……ええええええええええええ!?」


『石垣の上を見てくれる、防犯カメラに写ってるから』


 石垣の上の防犯カメラはすぐに分かった。


 その防犯カメラの映像がスマホに転送されていることも分かる。


 だが、小袖に似た着物を着て、市よりもナヨリとした姿で立っている自分の姿には、ただただ口を開けて驚くだけだ。


『ここは城山公園でね、信長君の生活圏の真ん中にある憩いの場なの。今から、自分の家に向かうからね。さっきも言ったけど、必要なことは、順繰りに解凍してインストトールしてあげるから。ま、取りあえず、石段を下って、自宅に向かいましょう!』


「あ、ああ」


『あ、それから、この世界でも名乗りは織田信長だから、混乱しなくても済むわよ。ま、そういう設定にするには、ちょっと苦労したんだけど、ま、いつか感謝してくれたら嬉しい、かな?』


「だ、だれが感謝するかあ……」


 石段を下り、堀にかかった橋を渡るころには、取りあえず、目の前に開けた我が街の風景には慣れてきた。

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