第22話 すーすーします

「なんだかスースーします」

「……」


 スカートを履いてスースーするわけないだろ? そういうのは元々ズボンとかパンツ……は違うか、そもそも着衣あってのことだ。

 丸裸だったくせに、どの口が言ってんだと絶句してしまっただろ。

 聞こえていないわけじゃないんだけど、ニーナが僕の名を呼ぶ。

 僕としては他のところが気になっているんだよな。


「ビャクヤさーん」

「裸足だけど、大丈夫なの?」


 そうなのだ。

 カモメ姿のパックは分厚い皮膚の足があるからそのままでも心配していない。

 僕たちが向かったのは先日引き返したところだった。無事に前回の続きとなったわけなのだけど、草木の密度も増し傾斜がきつくなっている。

 枝や尖った石なんてものも多数あるわけで、素足で歩く彼女が怪我しないか今更ながらに気にしているってわけさ。

 といっても、靴の予備はない。当たり前のように裸足で歩いていたから、気にせず出てきてしまった。

 麻の糸で編んだ厚手の靴下みたいなものでも、無いよりマシなんだよな。

 ところが、彼女は不思議そうな顔で顎に指を当てる。


「そういえば、ビャクヤさん、裸足じゃないですね」

「え?」

「え?」


 何言ってんだこの子と彼女の方へ思わず顔を向けた。

 彼女は彼女で意外だったようで、口を開けたままで表情が固まっている

 

「靴を履かないの?」

「靴……? 足に?」

「うん」

「地上種さんは、靴を履くのですね! 面白いです!」

「足を怪我しちゃうと、動き辛くなるだろ」

「そうですね。地上では泳げないですし。わたしも履いてみたいです」

「だな。強靭な足裏なのかもしれないけど、あるにこしたことはないさ。家に戻ったら見繕うよ」

「やったー」


 無邪気に喜ぶニーナだったが、会話に夢中で周りを見ていなさ過ぎたようで。

 枝に足を引っかけてつまずいてしまう。


「危ない」

「きゃ」


 ちょうど隣を歩いていたからいいものの、体の向きを変えることで彼女を受け止めることができた。

 ぼふんと僕の胸に顔を埋めるニーナが小さく悲鳴をあげる。


「気を付けてくれよ」

「はいい」


 彼女の肩に手を添えて、体勢を元に戻した。

 僕を見上げる彼女に対し、不覚にも少しドキリとしてしまったじゃないか。

 相手はニーナだぞ、ニーナ。

 確かに見た目だけで言えばそこんじょそこらのアイドルだって顔負けの美貌を誇る。

 だが、これまでの数々の行動からまるでときめかなくなったんだよ。それが、それが、ちょっと悔しい。

 所詮、お前は見た目さえ可愛いんだったら何でもいいんだろ、と言われているようでさ。

 

「どうしたんですか? 突然、足踏みを」

「気にしないでくれ」

「分かりました! 人間流のお祈りなんですね!」

「待って。こんなところで突然お祈りとかしないよね? 祈祷をするにしても場所って大事なんじゃないのか?」

「もちろんですよお。時と場所、そして目的がとても大切ですう」


 謎の美学を説明されてもどう返せばいいのやら。

 迷う僕に天の声ならぬ鳴き声が。

 

「くあ」


 先を行くパックが前を向いたままぐるりと顔だけを後ろに回し、僕らを呼ぶ。


「だな。先を急ごう」

「はいいー」


 ニーナと顔を見合わせ、歩く速度を上げる。

 

 ◇◇◇

 

 随分と「登る」なあ。傾斜もきついし、結構な高さになっているんじゃないだろうか。

 より一層険しい坂道を登り切ると、急に視界が開けた。

 

「お、おおおお!」

「くああ!」

「綺麗ですね!」

 

 三者三様の感嘆の声をあげる。パックは、いつもとあまり変わらない感はあるけど。それは言いっこ無しで。

 海が見える。

 まるで展望台にでもいるように、この場所からは周囲の様子が一望できるのだ!

 人工的に誰かが作ったといっても不思議じゃない地形で、島の形まで分かる。

 いや、意図的に「こうした」んじゃないか。

 僕をここに「呼んだ」人が。

 これまで何度も感じていたことだけど、島の書、海の書、指南書に加えクラフトやらの特性、そして島に生い茂る豊富な果物など……全部僕が生きやすくするために作りこまれているのだと思う。

 目的は全く分からない。何故僕を呼んだのかも一切不明。

 まるで自分が準備したゲームを楽しんで、クリアしてみろとでも言わんばかりの構成なんだ。

 

「パックの言う通り、島だったんだな」


 そう。僕はここで初めてこの場所が島だと肉眼で見た。

 島の形も人工的なんじゃないかと勘ぐってしまうよ。ひし形に近い形をしていて、この場所がほぼ中央に当たるんだ。

 小屋の右手だったっけか。そこから登り始め、高いところ高いところを目指したらこの場所についた。

 

「ビャクヤさーん、これは何なんでしょうか? 地上種の儀式?」

「儀式から離れろ……確かに奇妙なオブジェだな、これ」


 自然にできたものとは思えない。

 日時計かな?

 直系20センチくらいで高さが1メートルほどの円柱があってそれを取り囲むようにグルリと円形になるように岩が置いてあった。

 岩の数は全部で8個。

 

「うーん。何なんだろうなこれ」

「ですから、祈祷用じゃないかと。これできっと、島の平和を願っているんですよ」

「そういうことにしてもいいけど」

「あれ、この円柱さ。切れ目が入ってない?」

「確かに。折れちゃったんですかね?」


 ちょうど真ん中くらいの高さで真っ直ぐ横に切れ目が入っている。

 ニーナの言うように修復した結果なのかな?

 僕はそうは思わない。これは「ワザと切れ目を入れている」んじゃないかと思うのだ。

 この場所だって意図的に作られたものだとしたら、そこまでできるのだから折れてしまった円柱をすっかり元通りにすることだって造作のないことでは?

 

 そっと切れ目に指先で触れる。

 ガタン、ガガガガガガ。

 機械的な音がして、押した方向に円柱が切れ目を境にして折れ曲がった。

 

 次の瞬間、足元に揺れを感じる。


「地震か? しゃがもう」

「はいい」


 パックは空へと飛びあがり、ニーナは僕と寄り添うようにして腰を下ろす。

 ドドドドド。

 こ、この揺れは。地震とは少し違うような。

 

 空へと退避したはずのパックがすぐに戻って来て地面に降り立つ。

 そこで彼は人間の姿に変化し、叫ぶ。

 

「あんちゃん! 動いてる! 島が動いてる!」

「な、何だって! これが、レバーだったのか」


 じっと海面を見ると、確かに動いているような気がする。

 空高くから見ればハッキリわかるのだろうけど、島の周囲には目印となるものが何も無いから多少動いたところで何も分からん。

 海岸までいけば、確認できるのだろうけど。ずっと島が動きっぱなしで海岸まで歩くのも……ちょっとなあ。

 

「そうか。円柱を元に戻せばいいんじゃないか。パック。空から見て来てくれないか?」

「おう! 任せて」


 倒れた円柱を指先で突っつくと、あっさりと元に戻る。

 カモメに変化し、ひとっ飛びしたパックが地面に降り立ち、再度人間の姿に。

 

「止まったよ」

「そうか。こいつがレバーってわけだな。持ち運びできるものじゃないのが、ちょっと面倒かも」


 島での生活10日目にしてようやく僕は指南書に書かれていた島を移動させる「レバー」を発見したのだった。

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