第10話 のっしのっしとカモメが

 アオリイカが逃げだしてしまいそうになったので、籠をひっくり返してイカだけを入れ、その他の魚は砂浜に置いていたんだよ。

 次の引きを処理していると、悠然と一羽の鳥がのっしのっしとこちらに向かって来ていた。

 余りの自然な態度にこちらも毒気が抜かれる。

 黄色い嘴に首までの真っ白い羽毛。翼はグレーで大きさはカラスくらいか。

 こいつは僕でも知っている有名な鳥だ。カモメで間違いない。

 鳥は見ていないとニーナに言ったばかりなのだけど、どこからか迷い込んだのか? それとも元からこの島にいたのかは分からない。

 

 とにかく、そいつはのっしのっしと変わらぬゆっくりとした歩みでやってきて、砂の上で跳ねるカンパチを見やり――パクっと嘴でくわえた。

 

「お、おい」


 人を恐れずやって来たかと思うと当然のように魚をくわえて踵を返しやがった。

 取った後は速いのなんのって、あっという間に20メートルほどの距離が開く。

 カモメは僕が追ってこないことで安心したのか、カンパチを突き始めた。


 まあいっか。食べるのは僕一人だし、魚を燻製にしておくにしても冷蔵庫なしじゃ日持ちしない……と思う。

 釣りの特性があるおかげで魚は入れ食い状態だから、問題無しだ。

 カモメの体の大きさからして、これ以上突っつきにくることもないだろ。

 

 ところがどっこい。

 カンパチを食い散らかしたカモメはまたしても、のっしのっしとやって来る。

 威風堂々としたその姿、遠慮というものがまるで感じられない。カモメだし、僕が釣った魚をなんて概念そのものがないからな。

 狙う得物はメバルだろうな。アオリイカはまだまだ元気一杯だから、カモメの黄色い嘴に張り付く。

 ならば、見ていろよ。その余裕で気品さえ感じられる態度、目にものをみせてくれるわ。

 

 浮きは既に引き上げて手元に戻ってきている。これで、釣りに手を取られることなくカモメを監視することができるってもんだ。

 ぱく。

 予想通り、カモメがメバルを嘴で挟む。

 くるりと踵を返したやつは、脱兎のごとく走る。

 

 ここだ!

 竹竿を振るう。

 しゅるしゅるっと糸が伸びていき、見事、針がメバルの口を捉えた。

 お、おお。上手くいった。カモメは釣りの対象じゃないかもしれないけど、メバルは違う。

 さっき釣ったばかりの魚だし、地上でも狙い撃ちできるんじゃないかってね。

 勢いよく竹竿を引っ張る。

 

「どうだああ。ざまあ。え、えええ」


 カモメが首を振ってメバルの頭だけが手元に戻ってきた。

 奴はこれ見よがしにメバルをついばみ食い散らかしている。

 こ、こいつうう。

 

「くああああ!」


 勝鬨まであげやがった。な、なんて奴だ。

 釣ろうと思えば、魚はつれる。

 僕は滅多なことじゃあ、怒りよりも面倒さが勝つのだけど、ここまで煽られるとさすがに少しイラッと……。


「いや、別にいいか。あいつも腹が減っていただけさ。餌があったから食べる。そこに悪意はない」


 もう一度釣るとしよう。

 アオリイカがあることだし、もう一種類何か釣れれば終了にしようかな。


 竹竿を構え、再び釣りを開始する。

 着水、5つ数えて引き上げ。

 どんな仕組みになっているのか分からないけど、竹竿を何かが引っ張っている。

 ニーナ曰く、魚が沢山いるとのことだが、これだけ釣りあげてもまだまだ余裕があるのだろうか?

 僕一人だし、乱獲したとしてもたかが知れてるよね。たぶん。

 地引網とかでよっしゃーとやっているわけじゃないから。

 

「またお前かー」


 これまでで一番の大きさだ。1メートルくらいあるんじゃなかろうか。

 うん。凶悪な顔をしたウツボさんだった。


「くあ」

「まだ食べるのか? ウツボはなかなか凶暴だぞ」


 いつの間にか足元まで来ていたカモメが気の抜けた鳴き声をあげる。

 さすがのカモメでも生きのいいウツボを突くのは骨が折れるんじゃないかな?

 ビタンビタンと砂の上を跳ねるウツボに乗りかかったカモメは、首をあげ一息でウツボの顔を嘴で貫いた。

 一方でカモメのパワフルさにドン引きする僕。

 

 ウツボを食べ始めたカモメをよそに釣りを再開する。

 こうなったら満腹になるまで食べてもらおうじゃないか。

 

 次はずんぐりとしたヒレの沢山ある魚が釣れた。

 海の書によると「ネコザメ」というらしい。変な顔をしているけど、猫には見えないなあ。

 どんな理由でネコとついたのか謎だ。

 

 ウツボを食べきったカモメはネコザメを頭から丸のみする。

 飽きさせない野性味に僕のテンションがますます落ちた。

 

「ぐあ」


 やっと満腹になったのか、カモメはその場で足を折って座り込む。

 あの小さな体の中にどうやってあれだけの餌がおさまったのか、改めてこの世界の複雑怪奇さに顔をしかめる。


「満足したならそれで良しだ。後は僕の食べる分を釣ろう。ニーナが戻って来るかもだし、少し余裕をもって」


 船を漕ぎはじめたカモメを横目でチラリと見ながら、竹竿を振る僕。

 よおし、次が来たぞお。

 

「お、おお。美味しそうな魚じゃないか」


 大きさは40センチ近くもある大物が釣れた。

 黒い背びれと尾びれに同じく黒い目。白地に縦に墨を薄く撫でたかのような縞が入ったこの魚はクロダイと言う。

 タイと名前がつくのだから、期待できるぞ。

 ワカメを挟んでカサゴを釣り上げたので、本日の釣りは終了とした。

 カモメはぐっすりとお休み中だったから、放置して浜辺を後にする。

 

 ◇◇◇

 

 半日ほどしか経っていないのだけど、密度が濃すぎて何日かぶりに小屋へ帰ってきた気持ちだよ。

 いつもと変わらず寝そべるカピーの姿に心が洗われる。

 しゃがみ込んでカピーの頭を撫でると、モフモフしていて肌ざわりがとてもいい。

 彼はカモメと違ってのんびりしていてよいなあ。癒されるよ。

 撫でられても目を開かず身じろぎ一つしないってのも、それはそれで大物感がある。

 

「もう少し待っていてくれよ。カピー」


 カモメに餌をやるつもりは全くなかったけど、カピーにはちゃんと食事を持ってこないとな。

 彼は食べなくても平気なのかもしれない。だがしかし、美味しそうにむしゃむしゃと木の実を食べるんだ。

 正直、僕の満足感のためだけに彼へ木の実を与えているのかもしれない。

 いいじゃないか。食べてくれるんだもの。

 なんてくだらないことを考えながらも、もう一つの籠を手に持ち……あ、イカはそのままだと事故になりそうだ。

 

「ごめんカピー。先にイカを茹でてしまうよ」


 言ったハナから行動が変わってしまういけてない僕なのであった。

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