第7話 拝啓、所有権を主張されました

 五日目――。

 雨が降ったら作ったばかりの石窯に影響が出るかも、などと懸念していたけど天気は曇り空だった。

 どんよりとした黒っぽい雲ではなく、薄い真っ白な雲なので雨の心配はない。病室からよく空を……以下略である。


「できているかなー」


 石窯から昨日こねて形を整えた土器を取り出そうと下部に開けた穴へ手を突っ込む。

 中はまだほんのりと暖かくて、石窯の保温性なのか火が消えるのが思ったより遅かったのかは分からない。

 うまく土器が焼けていれば問題ないさ。

 

「っつ! くしゅん」


 右手を左右にふり灰を払う。

 勢いよく引っ張ってしまったからなのか、灰が舞い散り鼻から入ってくしゃみが止まらない。

 ぐ、ぐう。

 布があれば口元を覆うのだけど、生憎布系はベッドのシーツくらいしかないのだ。

 そういや、麻ならあったな。できれば綿や羊毛のような目の細かい繊維があると嬉しい。クラフトの特性で素材さえあれば立派なマスクを作ることができると思う。

 

 ポンポンと付着した灰を払ってから焼けた土器の様子を確かめてみる。

 指先で弾いてみたらコンコンと軽快な音がするぞ。これってちゃんと乾いているってことじゃないかな?

 

「お、おおお。洗ってみるか」


 ヤカンに入れた水でまずは皿から洗い流してみる。

 溶けだしたりすることもなく、軽く水を振っても特に変わった様子はなかった。

 奇声をあげたからか、カピーがのそのそと小屋の外に出てきてこちらに首を向ける。

 が、その場から動かずに寝そべってしまった。

 彼が土器の食器に興味があるわけはないか……苦笑いしつつ皿の表面を指先で撫でる。

 ん。結構ザラザラしているんだな。ツルツルさせるには何かを塗るんだっけか。何を塗布したらいいのか、そこまでの知識が僕にないことが残念でならない。

 デイリーボーナスで園芸系や工芸系の本が手に入ればいいのだけど。

 

「カピー。すぐに朝食にするから待っててくれ」


 彼に言葉をかけつつ、僕の足は採集に向け動き出していた。

 さっそくスモモに加えてコケモモ、更に道すがら発見したブルーベリーにどんぐりまで拾ってきたぞ。

 どんぐりはそのままじゃ食べられないので後で水であく抜きでもしようかな。

 

 さっそく作った土器……いや、陶器の皿に洗った木の実を乗せる。

 うん、これだけでいつもより美味しそうに見えるぞ。

 カピーがはやく寄越せと言わんばかりに僕のふくらはぎに鼻先を当ててくる。

 

 皿を地面に置くといつものようにカピーが木の実に口をつけ、あ、あああ。せっかく皿の上に乗っているというのに、地面に落ちちゃったよ。

 彼は気にせずそのまま食べているけどさ。

 おっと、そろそろブクブクとヤカンのお湯が沸いて来たな。

 小さな葦の籠をヤカンから引き上げる。

 

 そして、陶器のコップにヤカンからお湯を注ぎ込む。ただのお湯じゃないのだ。

 籠の中にドクダミの葉っぱを入れていてね。

 

「ずずず……まずうう」


 ダメだこら! とにかく美味しくない。

 草っぽい匂いだけじゃなく、苦味というかえぐ味が酷すぎる。ドクダミ茶って売っているから美味しいのかと思ったが、とてもじゃないけど飲めたもんじゃないなこれ。

 お店で売っているドクダミ茶は飲めるものなのかもしれないけど、僕が自作したこいつは全くダメである。

 塩といい上手くいかないものだなあ……。

 あ、そうか。クラフトの特性を使えば。いや、僕が製法を知らないからクラフトは機能しないよな。

 

 口直しにスモモを食べて首をコキコキと鳴らす。そんな朝の光景であった。

 

 ◇◇◇

 

 食事が終わるとカピーはいつものお昼寝で、僕は浜辺に。

 微妙に毎日の動きは異なるけど、自分で何もかもしなきゃならなくなったら食材確保の時間は必ず必要になる。

 保存食を溜め込めば食材集めをしなくて済む日を確保できると思う。幸い、すぐ傍が海だから夏でも冬でも海の恵みを確保することができる。

 そういった意味では山の中で自給自足生活を送るよりは孤島の方が生活しやすいのではないか?

 海は海で山にはない苦労があるのだとは思うけどね!

 

「よおっし。竹竿さん。今日も頼みますよ」


 釣りの熟練度が飛躍的に向上したので、投げ釣りの飛距離も伸びている。

 といっても僕の筋力が増したわけじゃないのであしからず……。

 毎日体を動かしているから、そのうち筋肉はついてくると期待してはいるけどさ。

 今までは満足に体を動かすことができなかったから、こうして自由に動き回ることができるってのは何て楽しいんだと実感している。

 石窯を作る時に頑張り過ぎたせいで、腕の筋肉が痛いけど、それもまた経験できなかったこと。

 当たり前だけど動かせるから筋肉痛になるわけで。何だかうまく言えないけど……あ、ほら、50メートルは行ったんじゃないか。投げ釣りの飛距離。

 

 これだけ浮きが遠くなると、浮きの動きからは魚がかかっているかどうかは全く分からない。

 竹竿の引き具合で判断するのだけど、僕の場合は違う。

 着水したと思ってから5つ数えて引き上げるだけの簡単なお仕事である。

 釣りの特性バンザイだよ。ほんと。

 

「本日の一発目は……また二枚の貝殻かあ。よく釣れるね、この貝殻」


 これで都合三セット目の貝殻だ。

 結んでいる紐だけでも使えないかと軒先に吊るしてそのまま乾燥させている。

 乾いたら結び目をほどくことだってできるかもってね。黒曜石のナイフで紐を切ってもよかったのだけど、紐が短くなっちゃうし、できれば結び目をほどいてしまいたい。

 

 貝殻の加工品を砂の上に置き、次に取り掛かる。

 釣り竿を構えたその時――。

 

「い、いい加減にしてくださいいいい!」

「へ?」

 

 鈴の鳴るようなではなく、若い女の子の絶叫が聞こえた。

 キョロキョロと左右を見渡すが、姿は見えない。

 声の方向からして、真正面なんだよな。海の中から? ここは島で僕以外の住人はいないと聞いている(指南書から)。

 船影も見えないし、難破でもして漂流した人にしては元気が良すぎる。

 

 はて?

 うーん。一旦釣りをやめて声の主を探した方がいいか?

 しかし、海の中となると今のままでは行くことができないぞ。だって、僕は泳いだことなんて一度もないからね。

 

「あなたです! あなたに言っているんですうう!」

「僕に?」


 自分を指さすも相手からの反応がない。

 釣り竿を砂浜の上に置いて再度海を見るも、波の動きもあってやはり何も見えん。

 

「それわたしのなんです! 知らないふりしないでくださいよお」


 ようやく合点がいったぞ。

 女の子は僕の声が聞こえてないんだ。確かに向こうは大きな声でこちらに語りかけている。

 僕はカピーに語りかけるように通常の声量で喋っていた。これじゃあ相手まで声が届かなくて当然か。


「わたしのというのは、これのことか?」


 二枚の貝殻の加工品を掴み上げ天に掲げる。

 しばし沈黙の時間が流れ、薄紫の髪をした少女が海の中からひょっこりと顔だけを出したのだ!

 僕と彼女の距離はだいたい15メートルくらい。これなら普通に声が届く。

 

「泳いでここまできたの?」

「この辺りはお魚が沢山いるんです。ま、毎日、わたしの……」


 その先はとても声が小さくなり、ぶくぶくと顔を海の中に沈める少女。

 こ、この貝殻はひょっとして。

 さああっと血の気が引く僕なのであった。

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