第13話 食卓に肉を

 小鳥のさえずりを聞きながら、アンジェリクは目を覚ました。

 とても爽やかな朝だ。


「んー……」


 大きく伸びをしながら起き上がったアンジェリクは、隣に人がいることに驚いた。

 すぐに、そうだった。結婚したのだったと思いだし、夫であるセルジュに「おはよう」と元気に声をかけた。


「……おはよう」


 地を這うような声が返ってくる。

 よく見るとセルジュの目の下には真っ黒な隈ができていた。せっかくの美貌が台無しだ。


「眠れなかったの?」

「眠れるかっ」


 何をキレてるのかしらと思っていると「早く着替えてっ」と背中を向けられた。


「目の毒すぎる」


 ん? と思ってナイトドレスを見下ろしたアンジェリクは「きゃーっ」と悲鳴を上げた。

 びっくりした顔でセルジュが振り向く。


「見ないでよ、いやらしい」

「何がいやらしいんだ、僕はきみの夫だぞ」

「夫でもなんでも、見ないで!」

「無茶言うな!」


 ベッドから飛び起きてクローゼットに駆け込んだアンジェリクは、鈴の付いた紐を引いた。

 しばらくするとセロー夫人が現れた。


 真っ赤になったアンジェリクを見て、意味ありげに口元をほころばせる。


 いい朝ですね、とさりげない話題を選ばれて、あなたが思っているようなことは何もありませんでしたよなどと言えるはずもなく、そうね、と返すしかなかった。


 それにしても、その道の教育係! ブリアン夫人! あなたはなんて淫らなナイトドレスを選んでくれたのだ。


(あんなスッケスケじゃ、何も着てないのと同じじゃない)


 むしろ着ているほうがいやらしい感じがする。特に胸のあたり……。

 考えたら頭まで沸騰しそうだった。


 気持ちを切り替えよう。


 朝食のメニューはパンとスープだった。スープは野菜のコンソメスープだ。

 昨夜も確か、パンとスープとだった。野菜の。


 食事に文句を言うつもりはないが、もうちょっと、こう……肉とか、肉とか、肉が出てきてもいいのだけれど。


 視察に行くと言うと、ドニがサンドイッチを用意してくれた。

 こっそり中身を覗くと、野菜が挟んであった。


「ねえ、ドニ。夜はお肉が出る?」


 ピクニックバスケットを抱えてそれとなく聞くと、ドニはさっと視線を逸らせた。

 セルジュを見ると、やはりさっと視線を逸らす。


 そうか。

 ここは貧乏伯爵の城だった。


 セロー夫人が薪も買えないらしいと言っていたし、きっと肉も買えないのだ。

 

「ごめんなさい。悪いことを聞いたわ。大丈夫。私、お野菜も大好きよ」


 本当のことだ。

 野菜は大好き。

 ただ、肉はもっと好きだった。


 それでも、領民が十分に食べられないのに、自分だけいいものを食べようとは思わない。

 実家での暮らしが贅沢過ぎたのだと、アンジェリクは反省した。


 視察に行く前にサリとラッセに会いたいとセルジュが言った。


「ちょっとだけ」


 アンジェリクも会いたかったので、一緒に厩舎に向かった。


 ジャンたちがサリとラッセに食事を与えているところだった。

 ドラゴンたちが口にしているものを見て、アンジェリクは思わず「あっ!」と叫んだ。


 大きなかたまり肉がサリの前の桶に盛られていた。ラッセの前にも同じものが。

 

「お肉……」

「あ……」


 気まずそうに目を泳がせるセルジュ。

 アンジェリクは聞いた。


「ドラゴンの食事って、お肉なの?」

「い、いろいろ食べるけど、肉は好きみたいだね……」

「私も、お肉が好きよ」

「うん……」


 セルジュがうつむく。

 アンジェリクはドラゴンたちに目を向けた。

 二匹は満足そうに目を細めて、肉塊を咀嚼していた。


「あの子たちの食べ物を取ったりしないわ」

「アンジェリク……」


 セルジュが顔を上げる。


「安心して」

「ありがとう、アンジェリク」


 ああ、この人は本当にドラゴンのことしか頭にないのね。

 ため息を吐きながら、アンジェリクは思った。


 ドラゴンは、可愛い。

 アンジェリクもすでにすっかり彼らのことが好きになっていた。


 だから、食べ物を横取りする気がないのは本当だ。


 でも、肉は食べたい。


 アンジェリクは考える。

 だったら、もっと肉を買えるようにすればいいのだと。


「視察に行きましょう」


 嬉しそうにドラゴンたちを眺めているセルジュに言った。

 サリとラッセに名残惜しそうな視線を投げ、セルジュは大人しくアンジェリクの後をついてきた。



  

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