第11話 ドラゴン
城の裏手の奥まったところに、簡素な造りの大きな木造の建物が建っていた。屋根はあるが壁は板張りのままで、ところどころ隙間が空いている。
とても開放的な造りだ。
「ドラゴンたちの厩舎だよ」
たち……。
ドラゴンは一匹ではないのだ。
アンジェリクとセルジュの後ろにはエリクとジャンが付いてきていた。
エリクは赤い髪の青年で、セルジュより少し年下に見えた。
黒髪のジャンはセルジュより年長のようだ。
目の色はどちらも緑色。
セルジュと同じように騎士とよく似た服装をしている。動きやすさを重視した丈の短い上衣とピッタリしたズボン。乗馬用のブーツ。幅の広い革のベルトで胴と背中を保護していた。
二人は従僕であるだけでなく、ドラゴン使いのリーダーでもあるという。
門番兼従僕兼ドラゴン使いのリーダー。
どれだけ人使いが荒いのだと気の毒に思うが、二人はいたって楽しそうだった。
それぞれ三人の部下を従えて、一匹ずつドラゴンを世話しているという。
「ドラゴンは二匹いる。この厩舎は今年の春にできたばかりなんだ。それまでは城の一階で飼っていたんだよ」
セルジュが説明した。
今は六月だ。
春と言ったら、本当につい最近のことだ。
ああ、それで……。
「それで、あんなに荒れてたのね」
セルジュがにこりと頷いた。
イケメンの笑顔はやけに眩しかった。
六歳で初めてドラゴンに会ってから、セルジュはすっかりドラゴンの虜になってしまった。
八歳から十八歳まで貴族の子女が通う、学費がバカみたいに高い学園に入ってからも、ドラゴンのことばかり考えていたという。
成績はよかったので特に注意もされなかったが、十六歳で社交界にデビューする直前、急に学園を辞めて隣国のエスコラに行きたいと言い出したあたりから、バルニエ公爵の機嫌は急速に悪化した。
ブールよりも東側で、アンジェリクたちが住むアルカン王国と国境を接する北の国エスコラは、ドラゴンを有する国として知られている。
世界に十数匹しかいないドラゴンの全てがエスコラにいると言われていた。
他国の人間には決してその姿を見せないため、エスコラのドラゴンも伝説上の生きものではないのかと言う者が多かった。
だが、子どもの頃からドラゴンについて調べ続けたセルジュは、エスコラのドラゴンは伝説ではないと確信した。
だから、自分の目で確かめてこようと思ったのだ。
確かめるだけでなく、ドラゴンの世話をするドラゴン使いになろうと考えた。
父のバルニエ公爵に言うと、いい加減にしろと一蹴された。
いつまでそんな戯言をいっているつもりだと、厳しく叱られた。
次男とはいえ。セルジュはバルニエ公爵家の男子である。
王女を迎えれば新たな公爵家を創設する権利があり、ほかの貴族の令嬢を迎えた場合も伯爵の地位を与えて領地を治めさせるつもりだったと言われた。
兄に万が一のことがあった場合、セルジュがバルニエ公爵家を継がねばならない。
セルジュは、要するに公爵家にとっての保険なのだ。
勝手なことは許さない。
どうしても行くと言うのなら勘当すると言われ、セルジュは勘当される道を選んだ。
供もなく単身エスコラに向かい、王立ドラゴン研究所の門を叩き、弟子入りしたのが十六歳の時。
四年の修行を経て、ドラゴン二匹を連れて帰国した。
荒れ地ばかりで捨て置かれていた領地ブールに勝手に住み始めると、勘当を解かないまま、バルニエ公爵は母方のボルテール伯爵の位を、これも勝手にセルジュに冠した。
家を守るための保険として、縁戚作りの駒として、出来損ないの息子でも使い道はあると踏んだのだろう。
それ以来、二年ほどこの地でドラゴンとともに暮らしていると言う。
「貴重なドラゴンを、よく二匹ももらえたわね」
「よくぞ気づいてくれたね」
ドラゴン研究所の研究者たちが、セルジュの知識を認めた証だという。
「ドラゴンは、エスコラの西とこのブールの北に挟まれた森の奥に住んでいる可能性が高い。新たなドラゴンを捕まえて慣らすまで、サリとラッセを使っていいと言ってくれたんだ。もらったわけじゃない。十年の約束で借りている」
サリとラッセは番であるため、卵の孵化に成功すれば、生まれたドラゴンはセルジュのものにしていいそうだ。
その養育期間も考慮して、十年。
森で新たなドラゴンを捕らえることができれば、それもセルジュが飼うことになる。
それができるだけの修行をエスコラで積んできたと言った。
ドラゴン……。
本当にいたのだ。
厩舎の入口でセルジュが誇らしげに屋内を示した。
「さあ、見て。これがサリだよ」
明るい日差しの差し込む厩舎には、薔薇色の鱗をキラキラ光らせた美しいドラゴンが静かに座っていた。アンジェリクを見下ろして、緑色の目をまばたく。
「綺麗……」
「サリは、女の子だよ」
「サリ……、とても綺麗な子」
アンジェリクは頬を上気させてドラゴンを見上げた。
ドラゴンは大きかった。
人の背丈の倍ほどのところに背中がある。
怒らせて攻撃されたら、ひとたまりもないだろうな。
かすかに思ったが、不思議と怖いとは思わなかった。
(この子には、人の心が通じている)
なぜかそう思った。
奥のほうで、もう一匹のドラゴンがこちらを見ていた。
深い青の鱗が日差しの下で光っている。
「あれが、ラッセ。近くで見ると、サリよりもっと大きい」
「素敵……。なんて綺麗なの……」
「気に入ってくれた?」
「ええ。とても……」
エリクとジャンが嬉しそうに笑う。
セルジュの目にも、温かな光が浮かんでいた。
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