第9話 ブールという土地

 勘当ですって……?


「それって、どういうこと?」

「どういうことも何も、そのままの意味」


 ああ。

 だから、「貧乏伯爵」……。


 バルニエ公爵家の縁続きなら、もう少しマシな領地があったはずだ。

 余り物を賜ったというよりも、余り物しかもらえなかったのだと理解した。


 一晩という短い時間しかなかったが、アンジェリクはブールという土地について可能な限り調べてきた。

 城の図書室にある中で、できるだけ新しい地理の本を探して読んだのだ。


 ブールはアルカン王国最北の地。

 その先は未開の土地だ。


 文字通りの辺境。


 土地は痩せていて、気候も厳しい。

 アルカン王国自体が温暖なせいか、雪が積もることはないらしいが、冬は北風が強く吹き、土も凍るという。

 隣接する国もないので貿易にも向かない。


 深夜のランプの灯りの下で、アンジェリクは唸った。


 貧乏脱却の糸口を、アンジェリクなりに探ろうとしていたのだが、あまりにも打つ手がなさそうだった。

 未開の地というのがどういうものかわからなかったが、北に続く土地が森なら樹木の伐採でもできないかと考えた程度だ。


 以前植物学の教授に聞いて知った、痩せた土地に向く作物の種も持参してきた。

 モンタン領の中にも痩せた土地はあるので、そこに蒔いてみようと思って取り寄せておいたものだ。


 それはそれとして、なぜ勘当?


 聞こうかどうしようか迷っていると、荷物を運び終わったフレデリクが二人の前に戻ってきた。


「お嬢様、全て運び終えました」

「ありがとう、フレデリク。みんなも、ありがとう」


「アンジェリク様……」


 悲しそうな顔をするフレデリクと侍女たちに、アンジェリクは「大丈夫よ」と笑ってみせた。


「お父様とマリーヌとフランシーヌによろしくね。結婚式の準備が整ったら……」


 整うのか? 

 一瞬、不安になった。


 セルジュが後を引き取った。


「準備が整ったらご連絡します。今、少し立て込んでいることがありまして、多少お時間をいただくかもしれませんが……」

「わかりました。そのようにお伝えします。アンジェリク様をよろしくお願いいたします」


 今夜は城下に滞在できるよう用意はしてあるとセルジュは言った。だが、まだ日があるので、ヴィニョアまで戻って休むとフレデリクが言い、侍女たちを伴って城を去っていった。


 小型の馬車一台と白い馬を二頭残して、一行が門を出ていく。


 さすがのアンジェリクも目と鼻のあたりが熱くなるのを感じた。

 アンジェリクは、これで本当に、モンタン家のアンジェリクではなくなったのだ。


「お茶にしようか」


 一緒に馬車を見送ったセルジュが、アンジェリクの肩を抱いた。

 泣きたかったら泣いていいよと囁いて、そっと胸に包み込んでくれる。


 トクンと心臓が音を立てた。

 

「大丈夫よ。ちょっと感傷的になっただけ」


 悲しいわけではないのだと笑ってみせる。

 セルジュもにこりと笑った。


「お茶を飲みながら、家の者を紹介しよう。それから、一階があんなことになっている事情も含めて、いろいろと話したいことがある」

「私も聞きたいことがあるわ」

「何でも聞いて」

「なぜブールなの?」


 たとえ勘当されても伯爵の地位と領地をもらえたなら、ほかにも候補はあっただろうに。

 セルジュは苦笑した。


「そのことも、一緒に話そう」



 

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