第7話 城の中

 絶句したまま室内を凝視するアンジェリクに気づいて、セルジュも部屋の中を見る。


 花嫁と花婿は、そのまましばし沈黙していた。

 おもむろにセルジュが口を開いた。


「あー……、ちょっと、散らかってますね……」

「ちょっと……?」


「だ、だいぶ……?」


 下ろしてください、ともがいて、アンジェリクは床の上に立った。

 女子にしては長身のアンジェリクより、セルジュは頭一つ背が高かった。王の近衛兵のようだと思う。よく見ると騎士のような服装をしている。


 かっこいい……。


 だが、今は見とれている場合ではなかった。


「なんなんですか、この部屋は……」


 散らかっているというレベルではない。


 広いホールの石の床には敷物一つないばかりか、調度品がどれも壊れて隅に積み上げられている。窓は割れ、カーテンは破れ、彫刻を施してあったであろう壁には、なぜか大きな爪痕があった。

 奥にある弧を描く階段の上では鎖だけになったシャンデリアが揺れていた。


 領地を視察する時に泊まる、地方の領民の家でももっときれいにしている。建物は粗末でも、きちんと片付いていれば、それはそれで生活美とでもいうか、ある種の美しさを感じさせるものだ。

 お金の問題ではないのだ。


「なんで、もっと掃除をしないの」

「これには理由が……」

「侍女が足りないなら、私がやります。箒はどこ?」


「え……っ!」


 きみ、公爵令嬢だよね、とセルジュが戸惑うように口の中で呟く。


「モンタン公爵の第一令嬢って聞いたんだけど」

「そうよ」

「モンタン公爵と言えば、国王もつながりを持ちたがる大貴族でしょ? 国でも一、二を争うほどのお金持ち……」

「だから?」


 掃除なんてしたことあるの? と聞かれて、バカにするなと睨んだ。

 病院や施設に慰問に行って、ただニコニコしてきただけだと思っているなら大間違いだ。


 アンジェリクもマリーヌも、フランシーヌでさえ、ナースや掃除婦たちと同じ服を着て、病人の汚れ物を洗い、床に這いつくばるようにして吐瀉物を拭い、磨いてきた。

 領地を回る時も同様だ。

 一緒に畑を耕し、草をむしり、馬糞を土に混ぜてきたのだ。


 それが領民を知ることだとアンジェリクは思っている。


 ふだん、湯水のように使われる金銭がどのように生み出されたものかも知らずに、贅沢ばかりを享受していれば、いずれ家は傾く。

 感謝し、使う意味を知って、金は使わなければならない。


 贅沢をするのは、経済を回したり、高い技術や文化を守るために、高価な衣装や宝飾品に金をかけるのが貴族の役目だと思うからだ。

 アンジェリクが身に着ける銀のブローチ一つを作るために三か月働く職人がいる。彼の技術が守られているのは、それを買う人間がいるからだ。


 それらの贅沢は継続的に行われなければならない。

 花嫁道具の多さを見て父を危惧したのは、一時的な需要と継続のバランスを考えているのか不安になったからでもある。


「バカにしないで」


 ただ一言、そう言ったアンジェリクを、セルジュは驚いたように見つめた。


 そして、静かに「ごめん」と謝った。


「きみのことをよく知りもしないで、失礼なことを言った」


 アンジェリクもはっとした。

 責めるつもりはなかったのだ。


「私も、急にカッとなって、ごめんなさい。でも、この部屋は……」

「うん。言いたいことはわかる」


 セルジュは頷き、少し説明させてほしいと言った。


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