第4話

握りしめた拳を由紀はじっと見つめた。

小刻みに震えている。その音が由紀の耳元だけに不吉に響いていた。

「どうして…」

由紀は小声で呟く。

「どうしてここにいるの?」

由紀が再び窓の外に目をやると、孝之が黙々と仕事をしている。額にへばりついた汗が太陽に反射して、その表情を隠している。

何年ぶりだろう、孝之に会うのは。

この前家で会ったときは亜紀も一緒だったから、なんとか平静を保てたけれど…

亜紀が買い物に出かけた後は、壁を挟んで孝之と二人きり。

震えが止まらない。


7年前に…

孝之に抱かれた日のことを、由紀は鮮明に思い出してしまった。それは、由紀自身が最も忘れてしまいたい過去…


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高校1年生の夏休み。

由紀は補習を受けるために教室にいた。窓から西陽が差し込み、窓を全開にしてもべとついた汗が身体に滲む。補習が終わり教室を出たたところで、由紀は「あっ!」と声をあげた。杉本孝之であった。当時孝之は大学生。夏休みで実家に帰ってきていて、当時の担任の先生に挨拶に来たのだという。

「あれ? たしか由紀ちゃん…だよね?」

爽やかな笑顔を浮かべ、孝之は由紀に話しかける。

家が近所なので、幼い頃から顔はよく知っているが、学年が丁度入れ替わりなので、これまでちゃんと話したことはなかったし、孝之から話しかけてきたことも無かった。けれど少し歳上の、ちょっとスカしたお兄さん的な雰囲気に、密かに由紀は好意を抱いていた。大学生になって顔つきも精悍となり、ずいぶん社交的になった気がする。

「なに? 補習? 頑張ってるねー」

明るい孝之の声に導かれて

「先輩。お久しぶりです」

と、由紀はぺこりと頭をさげた。そして孝之は、まだ教室に残っている先生に向かって、

「先生、久しぶりー」と声をかけ、教室に入っていった。私も卒業したら、こんなふうに学校に遊びに来れるのかなあ…。微笑ましい風景に由紀の顔も綻ぶ。

孝之は、

「そうだ! 由紀ちゃんも居るなら丁度いいや。先生に見てもらいたいものがあるんだ。由紀ちゃんもこっち来て!」

孝之に手招きされ、由紀は再び教室の中に入る。教壇を3人が取り囲む中、孝之は1枚の写真を取りだし、目の前に置いた。

心臓が止まりそうになった。

そこには先生の車の中で、先生と濃厚なキスをしながら抱き合っている由紀の姿が写っていた。

「さあて…これ、何してるのかなあ?」

先程まで見せていた快活な表情から一変、孝之は右の口角をいやらしく上げながら、挑発的な視線を二人に投げかけてくる。

「おい! 杉本お前…」先生の声を遮るように、

「なんにもないとは言わせないよー先生!」

そう言いながら孝之は、次々と写真を教壇の上に並べていく。

腕を組みながらホテルに入っていく二人。

ホテルから出てきて周囲を伺っている二人。

そして車の中で、先生の肩に頭をもたげている由紀の写真…

「不味いよねえ、先生。教え子の、しかも未成年の女の子にさあ。 」

「す、杉本…なあ、やめろ!」

「はあ? あんた自分の立場わかってんの? やめろじゃなくて、やめてくださいでしょ?」

「わかった…お願いします。やめてください」

先生は、孝之の前に膝まづき、土下座して頭を下げた。孝之は先生の髪の毛を乱暴に掴み、顔を上げさせて言った。

「先生、これバラされたら大変なことになるよね? 」

「お願いします! お願いだから、何でもするから、その写真俺にくれないか?」

「ふーん。なんでもするんだ、へーえ…」

そう言いながら孝之は、由紀の方を振り返り顔を舐めるように見つめている。由紀はもう怖くて怖くて、頭から足の指先まで痺れて動けない 。

「じゃあさ。この続き、やって見せてよ」

孝之は、由紀と先生が並んでホテルに入っていく写真を指差しながら言う。

「この後さあ、ここでどんなことしてたんだろうねえ、お二人さん。あーんなこととか、こーんなこととか、それ、目の前で見せて欲しいんだよねえ。」

先生と由紀は、頷くしかなかった。ここはひとまず孝之の言う事を聞くしかない。

「はい、じゃ決まりー。今晩6時にさ、二人できてよ。このホテルに。そんでさ、どんなことしてたか、よーく観察させてくれる? 話しはそれからだなあ」

先生も由紀も無言のままだ。

「わかってるよねえ、2人とも。来なかったらどうなるか…これ、バラしたら面白いだろうなあ、教師と生徒のイケナイ関係。こういう話し、みんな大好物だからね」

じゃ、よろしくー

そう言い残して、孝之は教室から出て行った。


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夜6時とはいえ、真夏の日差しが未だ眩しい。

孝之は、二人に指定したホテルの一室にいた。既に約束の時間は10分過ぎている。このまま来ないかもしれない。まあでも、その時はその時だ。ジョーカーはこちらが握っている。なんら心配することはない。

大画面に映し出されたアダルトビデオから、だらしない女の喘ぎ声が垂れ流される。

トゥルー、トゥルー…部屋の電話が鳴り、孝之は受話器をとった。

「フロントでございます。お連れ様がお見えになりましたが、お通ししてよろしいでしょうか?」事務的な女性の声に、孝之は「はい。いいですよ」答えたその1分後、部屋のドアをあけて入ってきたのは、由紀一人であった。

「あれ? 先生はどーしたの?」孝之の問いかけに

「先生は…きません。私一人できました」由紀は覚悟を決めた表情で続ける。

「先生には、奥さんも子どももいます。だから、もしこれがバレたらもうおしまい…勿論その原因を作ったのは私だから、それは悪いと思ってるし、責任取らなきゃいけない、って思って…」

あーイク、イクー。AVの音声が無常に響き渡る中、由紀はおもむろに洋服を脱ぎ始める。

「先生と私がここでしてたこと、先輩と、してあげます。だからこれで先生のことはもう無かったことにして欲しい」

「なんだよ、たいしたことねーなあいつ。結局女にケツ拭かせて、テメーはトンズラか。まいいや、ほらやることやっちまおうぜ」

孝之の目の前。手の届くところに、由紀の若々しい肢体がある。まだ20歳そこそこの男だ、息遣いが既に荒い。孝之が由紀の腕を掴み引き寄せようとするのを由紀は振り払い

「だめ。先生はそんなガツガツしてないわ。先輩は、先生としてた事を見たかったんでしょ? ならちょっと言う事を聞いて」落ち着いた由紀の言葉に、孝之の動きが止まった。どうせこいつはやりたいだけなんだろう。主導権は私が握っている。由紀はそう思った。

それから由紀はおもむろに鞄の中から取り出したボンデージの衣装に手早く着替え、ハイヒールを履き、そして鞭を手に孝之に命令する。

「ほら! そこに跪きなさい!!」

孝之はニヤニヤしながら

「へえ…面白れえ。こんな事してたんだ。」そう言いながらも孝之は、由紀の術中に堕ちていく。「痛えって、やめろー!ひぃ〜 」そう叫びながらも満更でも無さそうな孝之を鞭で打ちながら、由紀の目からは涙がとめどなく流れ落ちていた。


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その後、先生は一身上の都合という理由で学校を辞めた。そして孝之も、その後は彼女でもできたのか、それともプレイに懲りたのか、由紀の前に現れることはなかった。そして7年という月日が由紀の記憶を薄めていた。ところが今、孝之が目の前にいる。しかも実家に帰ってきたというのだから始末が悪い。

孝之のあの目は…あの時の目だ。爽やかさという衣を纏ってはいるが、油断するとあっという間に牙を剥く猛獣のような目だ。

このままでは危ない。由紀は本能的にそう感じていた。勿論、このことは誰にも話したことはない。けれど、今は助けが必要だ。

「幕井さん、助けて…」由紀は呟いた。

幕井にすべてを打ち明けよう。それも早いうちに。


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「由紀のやつ、いい女になったな」

スクールでレクチャーしている由紀の姿を

孝之の目は追っていた。

クビレからの締まったヒップライン、肉感溢れたふくらはぎ…たまんねーなこりゃ…

孝之は7年前の由紀の肢体を思い出していた。

あの時は…俺もまだガキだったよ…

年下の、しかも高校生の女の子にいいように翻弄され、あっという間に何回も果ててしまった。

「え? もう終わりですか? 先生はまだまだこれからが本番ですよ」

由紀にそう言われ、まったく自信が喪失してしまったのだ。それ以来、孝之の逸物は役にたたなくなってしまった。

窓越しに由紀の身体を眺め、その裸を想像しただけでムクムク反応してしまう。そこまではいいのだ。ところが、いざ挿入となると…からっきしなのである。

俺の身体がこんなになったのは、由紀のせいだ。そして、由紀となら…最後までイケるのではないか? 事実あの時は、何度も何度も…それこそ空っぽになるまで…

孝之はそう思い込んで過ごしてきた。だから由紀に近づくために、好きでもないガーデニングの資格もとった。


男として俺は生きていけるのか?

由紀とならそれが叶うのか?


孝之はそれを確かめたいのだ。

その為には…


アイツが邪魔だな…

あの弁当屋。


由紀が幕井というオッサンにぞっこんだということは調べがついている。

それにしても…

由紀のやつはなんだってあんな年上ばかり…孝之から見たら、先生も幕井も、魅力のある男には決して見えないが、まあなんにせよ邪魔者はいらない。


「幕井…か…」孝之は呟いた。

まずはアイツを始末しなければ。

孝之には作戦があった。そして、仕事道具を片付けながら、由紀が窓からこちらを覗き見るのを待っていた。


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由紀はスマホを手にしながら窓際にいた。

幕井に電話してみたはいいが、仕事中なのか電話には出ない。

孝之は庭仕事が終わったのだろう、その姿は視界には写らない。

「ただいまー。あら、孝之さんお疲れ様。今日はもう終わり?」

亜紀が買い物から帰ってきたようだ。由紀は少しホッとしていた。やはり孝之と二人きりだと不安を感じる。

再び庭に目をやると、忘れ物だろうか不意に孝之が庭に戻ってきていて、由紀の方に視線を向けた。目が合うと、孝之はいやらしい笑い顔をたたえ、庭の、自分が立っている足元をしきりに指差している。


「ん?何かあるの?」

由紀が孝之のジェスチャーを確認したのを見て、孝之は頷き「亜紀さん、また明日きまーす」そう言いながら帰っていった。


何かある。

由紀は気になって庭に降り、先程孝之が指さした場所を見た。

そこには…


7年前の写真と、猫の死骸…


この猫は…

幕井と初めて会ったときの…


「早く幕井さんに伝えなきゃ…」

由紀は幕井の元へと走り出していた。




第四話はここまで。

悪ぃ奴が出て来よったわー(笑)

ここはお仕置が必要ですかね

という訳でスナイパーの出番です

欠け月姉さん

後は餌拾って繋げてくださーい✋🏼















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