【絶対、這い上がってやる!】国宝級イケメンの俺様が幼馴染彼女のストーカーに襲撃されたら、稀代のブサメンに生まれ変わっていた件 ~かくも人生は美しい…… ※ただし、イケメンに限る~

広江宇一

第1話/巣立ちの日①

 高校生活が終わろうとしている。心残りはたくさんある。それでも、充実した高校生活だった、と胸を張って言えるだろう。やれるだけのことはやった。マラソンの完走に似た達成感が、俺の心を満たしている。


 来月からは、この田舎を出て都内の大学へ通うことが決まっている。幼馴染の藤川千絵ふじかわちえと同じ大学だ。生来の勉強嫌いである俺にとっては難関だったが、千絵による付きっきりの個人授業と、仲間の協力があって無事に合格することができた。皆、それぞれの道へ進むが、俺たちの結束は揺るがない。笑顔で再会することができるだろう。そんな確信めいた気持ちが俺を支えていた。


 それにしても、話の長い校長だ。紅白の幕で囲われた講堂は今、厳粛な雰囲気に包まれている。俺たちを送り出すための卒業式がうやうやしくも執り行われているのだ。しかし、俺の心は少し浮かれていて、真面目に聞いてはいなかった。微かすかにすすり泣きが響く晴れの舞台に、まどろっこしい感覚が空回りしている。そして、気が付くと、隣からも鼻をしゃくりあげる声が聞こえてきた。


「うぅぅぅう……」

「泣くなよ、亮介りょうすけ。まだ、校長の話だぞ」

 愛用の、紺色チェックのハンカチを差し出す。俺には不要なものだ。差し出したハンカチを掴み取った亮介は、目元にあて、そして鼻をかんだ。


「ありがとうよ~」

 いや、返されても……。

 ハンカチに目を落とすと、ナメクジが這ったような透明の筋がテラテラと煌めいている。


「それは、やるよ。本来なら答辞くらいから泣くもんだぞ」

 感受性の強い俺の親友は、周りの失笑をかっていた。


「ありがとうよ~」

 どうやら思考力も語彙ごい力も低下しているらしい……。


 生徒会の滞りない進行で来賓の紹介と、祝電の披露が粛々と進んでいく。舞台の脇へ目を移すと、進行係の隣に皆川結衣みながわゆいが佇んでいた。


 濃紺のジャケットに、臙脂えんじのラインが映えるタータンチェックのスカートが揺れている。膝下まで伸びた丈でも野暮ったく見えないのは、結衣が小柄なせいだけではない。ピシリとアイロンが掛けられ清廉さを漂わせている制服は、結衣の性格を体現しているようだった。そのつぶらで黒目がちの瞳から、ある種の覚悟を秘めた眼力がほとばしっている。前髪に合わせて真っすぐに切り揃えられたセミロングは、出窓から差し込む光に反射して碧玉へきぎょくの如く淡い光を放っていた。オーラがある。その小柄な体から溢れる生命力と相まって、緻密な細工を施された工芸品のような迫力を滲ませていた。


 不意にお互いの視線がピタリと合う。手をひらひらと振ってみると、顔を真っ赤にして目を反らした。少し挙動が不審になった後、原稿で顔を覆い、眼だけを出してこちらを見つめている。


「在校生送辞! 生徒会長、皆川結衣!」


「……ふぁ、ふぁい!」


 突然、名前を呼ばれた結衣の声は裏返った。恨めしそうにこちらをにらみながら、目の前の階段へと歩を進める。そりゃそうか。生徒会長だから送辞を担当するに決まっている。集中すべき大事なタイミングに水を差してしまったことを反省した。しかし、アイツなら大丈夫だ。本番に強い。流れるような所作で幾度かの礼をして壇上に立った結衣は、懐から封書を取り出した。しかし、取り出した原稿に目を落とすことはなく、正面を向いてゆっくりと息を吸い込む。


「厳しい冬の寒さの中にも、春の訪れを感じることの出来る季節となりました……」


 静かに語り始めた結衣の声には、少しの淀みもない。なんの心配も感じさせない、安定したいつものきれいな声だった。結衣は真面目で負けん気の強い性格だが、たまに見せる愛嬌のある動作が小動物のようで可愛い。


 話しはじめこそ定型の堅苦しい調子だったが、中盤からは感情のこもった結衣らしい文章へと移り変わっていった。


「特に、先代の生徒会長、木崎優子きざきゆうこさんには、お礼とお詫びを申し上げなければなりません。未熟な私たち生徒会への厳しくも温かいご指導、ご鞭撻は、私の何よりの宝物です……」


 美しい声の羅列をBGMに、結衣との思い出を振り返る。出会った当初は反目し合うばかりだった。しかし、たくさんの困難に見舞われた俺たちは、次第にお互いを認め合い、尊重し合うようになった。今では戦友と呼ぶに相応しい、背中を預けられる数少ない後輩だ。結衣がいる限り、生徒会は安泰だろう。


 語り終えた結衣は、深々と頭を下げた。

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