聖剣様は理想の勇者を求む~ヒーローオタクがひたすら冒険者を選別する~
雲色の銀
プロローグ
──いずれ暗黒から魔王が現れ、世界を混沌に包み込むであろう。
そんな予言が告げられた時、天壌に住まう神々は地上の者たちに対抗手段となる力を与えた。
魔を討ち光をもたらす武具。だが、その強すぎる力は神によって選ばれた者にしかつかうことが出来ないとされ、来たるべき時まで封印されることとなった。
いつの日か現れる勇者が、その力を解き放つ。伝説の武具を人々は「聖剣」と呼んだ──。
周辺を獣が潜む深い森と絶壁の崖に覆われたこの場所は、とある伝説があった。
丘の頂には名前の由来でもある光の聖剣が封じられているという。
「こちらです」
神官の少女が一人の男を案内する。
伝承通り魔王が現れて世界に悪意の手を伸ばし出した時、勇者となるべく若者もまた立ち上がったのだ。
男は神官の後に続き、丘の上に鎮座する剣を目にする。
雲の切れ間から射す日の光を浴び、神々しく輝く聖剣は封印の台座に突き刺さり担い手に相応しき勇者によって引き抜かれるのを静かに待ち続けている。
「あなたにその資格があれば、あの剣を抜くことができます」
「へっ、任せておけ」
長い間聖剣見守ってきた一族の末裔である娘は、聖剣が抜かれ勇者が誕生する瞬間を待ち望んでいた。
そんな彼女の告げた言葉に男は得意げに笑うと、聖剣の前に立ち柄に手を伸ばす。
「ここから俺の伝説が始まる……いくぜ!」
両手でしっかりと握り、男は聖剣を引き──。
「ふおおおおおおおおおお! え?」
──抜けなかった。
「ぐおおおおおおおおおおおおお!! 抜けろおおおおおおおおお!!」
男がいくら引っ張っても、押しても、捻っても、聖剣は台座から微塵も動かない。
神官は軽く溜息をつくと、男の肩に手を置いた。
「残念ですが、聖剣様に認められなかったようです」
「なんでだ! 俺は勇者だぞ!」
「聖剣様を引き抜けなかった以上、「自称勇者」ということになります」
「自称だと!?」
自称勇者の男は選ばれなかった事実を受け入れられずに神官に食ってかかる。
しかし、いくら足掻こうと勇者になれないことに変わりはない。
「チッ、こんなナマクラなくたって勇者やってやりゃいいんだろ! こんなところ来るんじゃなかったぜ!」
「はーい、道中お気をつけてー」
ついに男は逆ギレしながらその場を後にする。
神官は男の姿が完全に見えなくなるまで手を振り、ふぅと一息つくと聖剣に目を向けた。
「それで、今度は何がダメだったんですか?」
呆れた風に尋ねて来る神官へ、俺は答えた。
(アイツも王からの恩賞が欲しいだけのなんちゃって勇者だった。それに聖剣を手にしたところでギルドで自慢して女を抱く寸法だったみたいだ。ったく、あんな奴を勇者に選ぶわけねーだろ! 大体腕力しか自慢のないクズが聖剣の魔力を手にしたところで宝の持ち腐れだ!)
俺──すなわち、聖剣は神官に語り掛けた。先程の男に自身を抜かせなかったのも俺が故意にやったことだ。単なる荒くれ者が勇者を名乗ろうなんて1000年早い。
だが神官は「またか」みたいな顔をしやがったのでもう一つ理由を追加してやるか。
(それと、アイツ勇者になったらお前も抱くつもりだったぞ)
「落第で正解でしたね」
この手のひらを返したような態度は、流石慣れてるだけのことはある。
聖剣である俺は引き抜こうとした相手の思考が読める。どのような正義を掲げて、何を志して聖剣の力を求めるのか。嘘偽りのない内面が俺にはお見通しなのだ。
今の男は下衆な本心を隠して勇者を名乗ろうとした。当然、聖剣を扱う資格なんて有りはしない。失敗して恥をかくだけで済んでマシな方だ。
(いいか? 勇者ってのはいわば英雄、ヒーローだ。女を好むのはいいけど力を振るうのに利己的な理由は不要なんだ。無辜の民衆のため、世界の自由と平和のために使わなきゃならない。それを金目的だの自慢のためだのくだらない理由に使おうとする奴が多すぎるんだ! 本当に魔王を倒す気があるのかすら怪しい奴までいるし、お前だって見れば分かるだろ! 今の奴は明らかにアウトだって!)
今まで聖剣を抜きに来た自称勇者は数知れず。俺はそいつらにことごとく落第点を与えていった。
今でこそ聖剣に宿る意思の俺だが、前世は人間として平穏に暮らしていた。ただ、他と違ったことと言えば、ヒーローオタクだったことだ。
なので、俺は勇者を選ぶことに一切の妥協はしない。
「もういいですってば! 聖剣様が勇者に拘りが強いことぐらい分かってます! でも一度は試させないといけないこっちの身にもなってくださいよ」
(それはお前の使命。勇者を選別するのが俺の使命だ)
「はぁ……いつになったら世界を救ってくださるんですか」
(そうだな……敵の軍団を前に一人で立ち向かわなきゃいけなくてもベルト引き締めて立ち上がるようなケツのいい男が現れたらな)
「どんな状況ですかそれ」
俺の具体的すぎる例えに呆れながら神官の娘はそのまま周辺の掃除を始めた。
こうして、伝説の聖剣は勇者が現れるのを待ち続けるのである。
いつの日か、アメコミや日曜朝にやる特撮ドラマに出て来るようなヒーローが自分を引き抜くその日まで。
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