【本編完結】辺境の錬金術師 ～今更予算ゼロの職場に戻るとかもう無理～《コミックス発売！》

第一章

第1話 退職しよう！！

「……999本、1000本。よし今日の分は完成！　よしよし。まだ午前中だ。これなら午後からは研究に時間を……」

　私は錬金術で高速錬成して作った蒸留水のボトルをチェックしていた。

　蒸留水は各種ポーションはもとより、魔法生物の錬成にも欠かせない、最も重要な材料だ。

　その品質は、錬成した品の出来を大きく左右する。ちなみに私の作った蒸留水は魔力を均一に混ぜ込んだ最高品質の特別製だったりする。

　それが１０００本。ここ錬金術協会で一日に使用される全てだ。

「おい、ルスト師。ルスト師っ！」

　そこで私の名前を呼ぶ、耳障りな声。

「……リハルザム師、何か用ですか？」

　私は答える。こちらに近づいてくるのは、中年の男性。どこか小馬鹿にしたような表情を浮かべた彼は、武具錬成課の錬金術師だ。

「全く、何だねその返事は。これだから基礎研究課の人間は。まあいい、協会長がお呼びだ。ぐふっ」

　リハルザムは気持ち悪く笑っている。

　普段から何かと私に絡んでくるリハルザム。稼ぎ頭の武具錬成課に所属しているのを鼻にかけて、私の所属する基礎研究課の予算に、普段ならネチネチとケチをつけてくるのだが。

　今日はやけに機嫌がいい。それが逆に不気味だったが、協会長の呼び出しを無視する訳にもいかず、私は仕方なくリハルザムに言われるがまま、協会長室へと向かった。

「ふん、雑用係はおとなしく雑用だけしていればいいのさ」

　リハルザムは出ていく私の背後で呟く。そして私が錬成したばかりの蒸留水を我が物顔で抱えられるだけ抱えて去っていった。

　◆◇

「基礎研究課は予算を削減とする」

　協会長が一枚の紙を私の目の前に投げるように渡してくる。

　どうやら来期予算の明細のようだ。

　その紙を覗き込んだ私は目の前が真っ暗になったように感じる。

「よ、予算ゼロっ！？」

「ふん。基礎研究課は何も実績を出しておらんではないか。やっていることは他の課の手伝いばかり。そうであれば当然、稼ぎ頭の課に予算を分配するのが当然だろう」

「しかしそれはですね……」

　私は抗弁しようとするが、それをさえぎるようにして話し出す、協会長。

「もういいっ！　基礎研究課はこれで解体だっ！　お前は他の課のための下準備だけしていればよいのだ。全く、クビにしないだけありがたく思って欲しいものだな。わかったら、さっさと自分の仕事に戻れ！」

　ドアを指し示す協会長。

　私はそれを聞いて、反論することすらバカらしくなってしまう。

　今の協会長になって以来、減らされ続けてきた予算と人員。

　確かに一見、基礎研究課は何の実績も出していないように見えるだろう。しかし、最近開発した新製品はどれも基礎研究課なくして成功しなかったという自負はある。どれも最高品質の素材が必要な物ばかりなのだから。それらを全て用意してきたのは私なのだ。

　しかし、基礎研究課の予算削減、解体ありきの、今の協会長には何を言っても無駄だと、理解してしまった。

　いや、もう随分前から、ていのいい雑用としか見られていないのは分かっていたのだ。

　来期予算の明細を片手に、とぼとぼと自分の研究室に戻ると、どかっと席につく。この部屋も早晩追い出されることになるんだろうなと、暗い気持ちで部屋を見回す。

　そこにチリンチリンと着信を告げる鐘の音。最新式の情報通信装置だ。

「これも基礎素材はうちの課で用意したんだったよな……」

　そんなことを呟きながら吐き出されてきた羊皮紙に目を通す。

「懐かしいな、カリーンからじゃないか。学園の卒業以来か。確か無事騎士になって、先の戦争で戦果をあげたんだったよな。なになに……」

　学園時代の女友達からの久しぶりの便り。私は懐かしさを感じながら、読み進める。学部が違う彼女とは、学園でひょんなことから知り合ったのだが、妙に馬が合った。まるで男友達のようなノリで、二人して色々と馬鹿をしたものだ。

「え、カリーン、辺境に領地を貰ったのか。戦功をあげたとは噂では聞いてたけど、凄いな。それで、私に領地開拓を手伝ってほしいと……」

　私の目の前には二枚の紙。

　一つは今後一生、雑用だけで過ごす未来が透けて見える予算の明細。

　もう一つは何が起こるかわからない未来が詰まった羊皮紙。それを見ていると学生時代のカリーンのいたずら小僧みたいな笑顔が自然と思い出される。

「……仕事、辞めるか」