第56話 雪と春
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初めて彼と会った時、私はまだ学生だった。
東京に出て二年、看護師になるという夢のために勉学に勤しんでいた私の前に彼は現れた。
気分転換に入ったバー。
そこで彼――影山大樹に口説かれた。
黒い髪に雪のように白い肌。顔立ちは端正で、妖しい色気をまとっていた。
話してみると、どこか陰のある、それでいて心の中にはしっかり芯が備わっているような印象を受けた。
学生の身分だった私には、彼はまさに理想の大人の男性に見えた。
それから何回か同じバーで待ち合わせをし、ある時、彼が既婚者だと知った。が、夫婦仲は冷え切っており、いずれ別れるつもりだという。
その後、私は彼と学生結婚をした。
親にはずいぶんと反対されたが、私は彼にゾッコンだった。唯一困ったのが、彼の連れ子の扱いだった。
春樹という名前の男の子で、いつもぼうっとしており、笑うこともなければ泣くこともない、人形のような子供だった。
まあ、幼い身で親の離婚を経験し、血の繋がらない若い女と一緒に生活をすることになってしまったのだから、自分の殻に閉じこもってしまうのも仕方あるまい。
彼の手前、私はできる限り春樹には優しくしてやった。子供は嫌いじゃなかったし、哀れに思う、同情の気持ちもあったのかもしれない。
しかし、春樹はいつも無表情で、遊んでやっても彼の好きな料理を作ってやっても、にこりともしなかった。
私に気を許していないのは当然としても、不思議なことは悲しみの感情すら表に出さないことだった。
いつもいつも、無表情のまるで人形のようなこの子供を、私はやがて薄気味悪く感じるようになっていた。
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