第53話  氷漬けの愛

 1



「華山、小春」


 小さく呟いた母に声に、鋭利なものを感じたのは僕だけだろうか。


 顔は笑っているが、目の奥の光は冷たい。


 非常にまずい。


 まさか母と小春が顔を合わせてしまうなんて。


「お兄ちゃんがお世話になってます」


 僕の気も知らずに、小春はぺこりと頭を下げる。


「どうも、春樹の母の影山雪美です」


 母も会釈をする。


 その一挙一動に、母がことを感じ取った。長い間一緒に生活を共にしてきたから分かる。今、母の感情は悪い意味で昂っている。


「綺麗な人ですね、先輩」


 小春は顔を寄せ、囁く。


「え、あ、うん」


 母は華山家にいい感情を持っていない。


 特に、僕の実母である華山初子とは犬猿の仲だ。


 小学校の卒業間近の頃に久しぶりに実母から連絡があって面会をした。その時、母と大喧嘩をしたことがあった。二人の間でどんな会話がなされたのかは分からないが、想像するに僕を引き取るとか、そういう話になったのではないかと思う。


 僕個人としては華山家に行く気はなかったが、母は僕を奪われると思ったのかもしれない。自分でこんなことを言うのは、なんだか鼻につくかもしれないけれど、僕は母にされている。


 親子、という枠組みから外れかけているレベルの溺愛だ。時に、そんな母の愛が重く感じることもあるが、今僕が生きているのは母のおかげだ。


「こ、華山さん、じゃあね」


 僕は母の方へ歩き出す。


「いいのよ、ゆっくりしていきなさい」


 母は柔らかい声で言う。


「へ?」


「晩御飯までには帰ってくるのよ」


「う、うん」


「それじゃ」


 母は背中を見せて歩いていく。


 思ったよりあっさりした対応に、僕は面食らった。


 ひと悶着あるものだと身構えていたのだが……?


「あの人、まさか二十代ですか?」


「いや、三十五歳」


「見えないですよー」


 僕は呆然と、その後ろ姿が見えなくなるまで立ち尽くしていた。



 2



 小春を駅まで送り、僕は帰路につく。


 僕の考え過ぎだったのかもしれない。


 実母とは犬猿の仲だから、小春と関わっていることもよく思わないだろうと勝手に想像していた。電話をする際のメール予約など、バレないように努力してきたが、どうやら杞憂だったようだ。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 母はキッチンに立っていた。とんとんと包丁をまな板に打ちつけ、手際よくネギを切っている。


「春樹、あなた」


「な、なに?」


 母は包丁片手に振り向く。






























「お母さんを裏切らないわよね?」



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