第50話  家族

 1



 私は玄関の前で立ち尽くしていた。


「はぁ」


 父、そして兄と血の繋がりがないことが判明した今、どんな顔をして家に入ればいいのだろうか。


 昨日までは大好きな家族に囲まれた我が家だったのに、それが全て偽物だと分かってしまった。


 時刻は午後十時前。


 今日は何十件も母からの着信が溜まっていた。なにも言わずに勝手に神奈川まで行って、こんな遅くまで帰らずにいるから当然のことだろう。が、電話に出る気にはなれなかった。


「小春?」


 背後に人の気配を感じて振り向くと、そこには父がいた。今仕事から帰って来たのだろう。ワイシャツ姿の父は、いつもよりもくたびれて見えた。


「あ、お、お父さ――」


 言いかけて口が止まった。


 この人は、私の本当のお父さんじゃない……


「おいおい、人の顔を見てなに泣き出すことがあるんだい?」


「へ?」


 さっき春樹先輩と再会した時にさんざん泣いたはずなのに、父の顔を見て涙がこぼれた。私の目はどこまで泣き虫なんだ。


「入らないのか? あっ、もしかしてお母さんと喧嘩でもしたか?」


 私は無言で首を振る。


「とにかく、中に入ろう。な?」


 私は涙を拭い、言われるがまま、家の中に入った。


「ただいま」


 その途端――


「小春っ!」


 母の甲高い声が聞こえた。


「もう、なんで電話に出ないのよ。こんな遅くまでどこに行ってたの?」


「お姉ちゃん帰ってきたー?」


 凛と遊起がリビングから出てくる。


「まあまあ。事情があるんだろうさ。小春はもう子供じゃないんだからな」


 父が心配そうに言う、


「でもあなた、今何時だと思ってるんですか」


「高校生ならこれくらいは普通だって」


「あなたは小春に甘いんだから――」




「影山春樹に会ってきた」




 私がそう告げると、父も母も口が止まり、表情が凍り付いた。場に緊張が走り、しんと空気が静まり返る。


「ほら、ゲームの続きしような」


 陽太が凛と遊起をリビングに連れ戻す。


「あの写真を隠したのはお母さん?」


 母はしらを切っても無駄だと判断したのか、重い息をついた。


「小春、あなた……」


「あの写真に写ってたアパートをネットで調べて、神奈川の藤沢市まで行ってきたの。それで、思い出した」


「小春……」


 私は父の方を向く。いつもは優しい父が辛そうに顔を歪ませていた。


「お父さんは、本当のお父さんじゃなかったんだね」



 2



 それから私は父と母の寝室で二人から話を聞いた。影山家の離婚と再婚、そのいきさつ。内容は春樹先輩の話と相違なく、改めて私が連れ子であるという事実を突きつけられた。


 そして写真を隠したのはやはり母だった。


「本当は、もっと早く教えてあげればよかったわね」


「……そうだな」


 父は気まずそうにコーヒーを飲み、おもむろに立ち上がった。


「風呂に入ってくるよ」


「ええ」


「小春、お父さんは、あなたのことは本物の娘のように可愛がってたのよ?」


「……うん」


 頭では分かっていても、自信がない。


 私はこれから、父を心から父と思えるのだろうか。


 私は浴室に向かい、扉越しに声をかける。


「お父さん」


「うん?」


「久しぶりに、背中流してあげる」


「えぇ!?」


 父の大きな背中を流す。


「……」


「……」


 父も私もその間、なにを話していいのか分からず、無言だった。


 ボディタオルで父の背中を擦っていると、子供の頃、同じように背中を流していたことを思い出した。



『えいえい』


『気持ちいいなぁ』


『かゆいとこはございませんかぁ』


『じゃあ、右の肩のところをお願い』


『はーい』



「ねぇ、お父さん」


「なんだい?」


「これからも、私のお父さんでいてくれる?」


「――!」


 血の繋がりがなくとも、私たち家族は心で繋がっている。私の記憶の中の思い出たちが、なによりの証拠だった。


「ああ」


「お父さんって呼んでもいい?」


「……ああ」


 二人のむせび泣く声が、浴室で反響した。

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