第3話 見つめる視線
「ここが体育館」
真人が隣りに立つ真希に言った。昼休み、学級委員の真人と亜理紗は、佐川に言われた通り、真希を学校の施設などに案内して回っていた。
「ここが非常階段ね」
廊下の突き当りにある非常階段の扉を開け、副学級委員の亜理紗が真希に教える。それに真希が黙って小さくうなずく。懸命に明るく接する真人と亜理紗に対し、真希は何か必要以上のコミュニケーションを拒絶するかのように終始静かで大人しかった。
三人が通ると、他のクラスの生徒たちの視線が自然と集まった。ブレザーの中で一人セーラー服を着る真希と、その異質な美しさは、やはり学校の中で一際浮き立った。
周囲が異様にざわついているのが、真人にも分かった。真人はチラリと隣りを歩く真希を見た。だが、真希は、やはり静かで、しかし、その年の子にしては妙に落ち着いていた。
「・・・」
真人はその姿に、同世代にはない不思議な何かを感じた。それははっきりと何かは分からなかったが、しかし、真人はなんとなくそれが気になった。
「おいっ、何話したんだよ」
案内から教室に戻ってそのまま自分の席に着いた真人に、さっそく木田が声をかける。
「別に、ただ普通に学校の中を案内しただけだよ」
「クソッ、めっちゃ羨ましい」
真人の前の席の石村がいつものように体を後ろに向けながら、演歌歌手がコブシを込めて歌う時のように、顔面に思いっきり力を込め、言った。
「しょうがねぇだろ。選挙で選ばれちまったんだから」
「俺もクラス委員やればよかった」
石村が言う。
「お前なんか立候補しても選ばれねぇよ」
木田がツッコむ。
「まっ、それもそうだな」
「あきらめ早いな」
真人がツッコむ。
「よしっ」
石村がそこで突然大きな声を出した。
「なんだよ」
木田と真人が驚いて石村を見る。
「俺はお前が仲良くなった後で紹介してもらう」
石村は真人を見た。
「はあ?」
真人が、思わず声を出す。
「あっ、なるほどその手があったか」
木田も真人を見た。二人はランランと真人に期待を込めた眼差しを向ける。
「何言ってんだよ」
真人があきれ顔でそんな二人から目を反らす。
「期待してるぜ」
だが、二人は溢れる期待を込めるように真人の肩を力を込めて叩いた。
「勝手に期待すんな」
「最初のデートはみんなでするんだ。抜け駆けすんなよ」
石村が言った。
「何勝手に決めてんだよ」
「絶対抜け駆け禁止な。チャンスは平等」
木田も続けた。
「あのなぁ」
「真希ちゃんはみんなの真希ちゃんだ」
石村が言う。
「だから何勝手に決めてんだよ」
「おらぁ~、授業始めるぞ」
だが、その時、真人が叫ぶのと同時に、国語のゴリ松が教室に入ってきた。石村は素早く前を向き、木田を始め、他の生徒たちは慌てて、自分の席に向かって散らばっていった。
一瞬教室内は、嵐のようなざわめきにてんやわんやになる。
「・・・」
一人席に座っていた真人は、その時、ふと気になり授業が始まる前のその小さな混乱の中で、左後方の窓際の席に座る真希をさりげなく振り返り、見た。真希はすでに教科書を机の上に出し、これから始まる授業に備え、黒板の方を見つめていた。真希は真人に見つめられていることなど、露ほども気づかず、授業が始まるのを待っている。
「・・・」
真希にはやはり妙な落ち着きがあった。それはどこか大人びた、子どもの知らない、いや大人でさえ知らない世界を知っているかのような異質な雰囲気だった。
「・・・」
真人はその異質さに見入られるように真希を見つめた。
「・・・」
真人はこの時気づいていなかったが、そんな真希を見つめる真人を、教室の後ろの席から亜理紗が静かに見つめていた。
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