第14章 歳三の心① 総督として

「おめぇは、俺の下についてどれだけになる?」

歳三が質問を返したので、りょうは面食らった。

「え……と、慶応2年の秋からだから、約2年になります。離れていた期間もあったから、1年半くらいでしょうか?」

と、りょうは答えた。

「それなら、俺が新選組で何を守り、何を切り捨ててきたか、見てきたはずだ。折浜で、おめぇが薩摩の軍監といたことは、船の大半が見ている。おめぇのことを、新政府軍の間者だと思っている者もいる」

歳三はさっきまでとは打って変わった、厳しい表情をりょうに向けた。

「それは……先生もそう思っている、ということですか?」

りょうが聞くと、

「そうだ、と言ったらどうする」

歳三のその言葉に、りょうは先程までの幸せな気分が吹き飛んでしまった。

「ぼ、僕は間者なんかじゃありません!!」

りょうは思わず叫んだ。


 歳三は、尚も冷静に言葉を続けた。

「おめぇはそういう立場に立っている、ということをわからせてやったんだ。新選組は、もう以前の新選組ではない。桑名や唐津、備中松山から入隊した隊士たちの方が多いんだ。土方小姓だったおめぇを知っている者は、ごくわずかしかいねぇ。おめぇが元に戻ったと甘っちょろい考えでいるとしたら、大きな間違いだ。形だけは新選組で預かってやるが、自分が『敵方と通じた人物』だと思われていることを、肝に命じておけ。少しでも疑わしい行動を取れば、誰であろうと断罪するのが、俺のやり方だ」

歳三は、そう言いながらりょうを見た。りょうは下を向いたままで、その表情はこわばっていた。


(可哀想だが、おめぇが此処に来たからには、それを覚悟させなければならねぇんだ。俺が旧知の部下に甘い態度をとるわけにはいかねぇ……!)


 「確かに、僕は薩摩の軍監と一緒にいました。でもそれは、僕が会津から米沢に向かう途中、桧原峠で病で倒れたのを、その人が助けてくれたからです」

りょうは下を向いたまま言った。歳三は、

「倒れた?」

と聞いた。りょうは頷いた。

「僕は、山口隊長に『若松城ですべきことをしろ』と言われて、降伏まで城にいました。本来なら、他の医師せんせいたちと同じように謹慎させられるのを、放免されて、会津から出るように言われたんです。だから、仙台に向かおうと思って、桧原峠越えを……」

「おめぇを放免したのは、中村半次郎か」

歳三に言葉を遮られて、りょうは顔を上げた。歳三が、りょうが一緒にいたのが中村だと知っていたことに驚いた。中村が、歳三に会ったことはないと言っていたからだ。

徳川脱走軍こっちには、薩摩に痛い目に遭わされているやつらが多くてな。おめぇの側にいた男が中村だと、遠目からでもわかったそうだ。聞いた話では、やつが若松城受け取りの責任者だったらしいな?」

歳三のところには、色々情報が来ていたのだろう、とりょうは察した。

「会津の大殿さまが、願い出て下さったと聞きました。僕を……放免するように」

「容保さまが?……そうか……」

歳三は、まだこのとき、何故中村がりょうを助けたのか、その真意を測りかねていた。容保の申し出があったにせよ、りょうが新選組だということはわかっていたはずだからである。


 「僕は、風邪をこじらせたようで、熱を出してしまって……峠にいた、会津塗りの木地師の方の家で数日お世話になったのです。中村さんが担ぎ込んでくれました」

りょうが『中村さん』という呼び方をすると、歳三の眉がピクッと動いた。

「……ずいぶん、親切な薩摩の軍監さんだな。一度は始末しようとした獲物を助けるとは」

歳三のいらついたような言葉に、りょうは、

「それ、どういうことですか?始末しようとした獲物って……」

と聞いた。その真剣な顔つきが、歳三をさらに苛立たせていた。

(俺は何をいらついている……?りょうが、薩摩のやつを親しげに呼んだからか?……俺らしくもねぇ……!!)


 歳三はそんな感情を抑えようと、ゆっくりと書類を閉じ、筆をしまい、地図を片付け、りょうに向き直った。


 歳三は、ふうっと大きく息を吐いた。

「京で、坂本龍馬が殺される前、おめぇが起こした騒動を覚えているな?」

歳三が言ったのは、りょうが京を去る君菊を見送るため、歳三に黙って鉄之助や銀之助と外出し、見廻組に危うく斬られそうになった事件である。鉄之助が負傷し、りょうは土蔵で謹慎させられたのであった。

「あのときおめぇらを助けた新八や野村が、見廻組と一緒にいたのが、薩摩の侍だったと言った。また、おめぇは覆面の武士が伊東ではないかと言ったな」

歳三の言葉に

「はい」

とりょうは頷いた。

「やがて御陵衛士と薩摩が通じていることがわかり、俺たちは、伊東一派を粛清した」

歳三は言った。りょうは覚えていた。あの日、油小路で藤堂が犠牲になったのだった。藤堂の笑顔と血まみれの姿が、頭の中で交錯した。


 「そのあと、新八と左之助とはじめが、油小路にやってきた中村半次郎と斬り合いになったそうだ。薩摩の他の侍たちが来たために、斬り合いは途中で止まったらしいがな。去り際に中村が言ったそうだ。御陵衛士がおめぇを狙っていると。御陵衛士と中村は、『同じ穴のむじな』だったんだ」


 りょうは愕然とした。自分が衛士に狙われているという話を当時光縁寺で聞かされ、りょうは沖田と伏見に逃げた。衛士の背後で薩摩が動いていたことは知っていた。だが、その中心にいたのが中村だとは想像もしていなかった……中村はりょうが何者であるかを知っていた……会津で出会ったとき、『土方ん泣き所』と言われたのは、そういうことだったのか……

「元は、伊東がおめぇを仲間に引き入れようとしたのを、篠原や三木が、俺を捕まえるためのエサにしようと方針を変えさせたらしいがな。中村がそれを黙認したということは、やつが裏で糸を引いていたとも考えられる。おめぇたちを拉致しそこなった衛士が、墨染で近藤さんを襲撃した。その衛士を薩摩屋敷に匿ったのは、中村だからな」


 歳三の話は、りょうの心に更に追い討ちをかけていく。

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