第61話 汗で輝く

久しぶりに帰国することになった。

東京では桜が咲いたらしいが、山形はまだまだ寒いことだろう。

温度差がある季節に日本へ帰るのは大変なのだが、会議に出席せよとの社長指示なのだから断る事も出来ない。

荷物をまとめ、同行する阿部君と空港へ向かった。

ホーチミンから日本への直行便は、殆どが深夜発の夜行便である。

午後10時頃、タンソンニャット国際空港へ到着した。

航空会社の出発カウンターは観光客でごった返している。

チェックインを済ませ2階に行くと、出国審査にも長蛇の列である。

厳つい顔つきのイミグレーション係官も、額にしわを寄せ疲れた表情で対応している。


しばらくして、やっと前の男の番になった。

パスポートの色からして日本人のようである。

「日本人は 変な人 すくないがら 早いべなぁ」

「んだげんと あの人なんだが変だじぇ」

そう言えば、顔を赤らめ係官から質問されている。

パスポートの写真を指さし、本人を指さし、英語とベトナム語で詰問している様子である。

「何したんだべ」

「何だがわがらねげんと 写真違うて ゆてんのんねが?」

「写真違うなて 偽造パスポートだべが?」

男は益々顔を赤くして、額には汗が噴き出している。

係官はパスポートを振りかざしてベトナム語を浴びせている。

近くに居た警備員も集まってきた。

すると男は観念したのか、手を挙げて...

「おぉぉ! 何するんだ?!」

思わず声が出てしまった。


男は両手を頭に乗せ頭髪を掻きむしっている。

そして、次の瞬間頭を持ち上げた!

一瞬何が起きたのか、理解するのに数秒の沈黙が必要だった。

係官も口を開け呆然としている。

「ありゃりゃ!」

見ていた阿部君も声を出している。


男の持ち上げたものは、頭ではなくカツラであった。

その下には、汗で輝く見事な禿頭が隠されていたのである。

「なんだずぅ びっくりしたべした!」

「あらら カツラかぶたら 写真と違うべずね~」

外したカツラを受け取った係官は珍しそうに眺め、そして自分の頭に乗せてしまった。

警備員達はゲラゲラ笑っている。

イミグレーションは更に長蛇の列になってしまった。


そう言えば、ベトナムでは頭の薄い男性をあまり見かけないのである。

人種の違いなのか、食べ物の違いなのか解らないが、調べてみる価値は有りそうな気がする。

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