Blood Moon.(3)

秋の長雨は「醜女の深情け」とはよく言った物だ。しかし、イマドキ「醜女」(しこめ)などと言ったりすれば、確実にSNSで炎上するだろう。なので今は「悪女の深情け」と書くようだが、意味は「悪女とは醜い女のこと」と辞典に載っていたりするので、この言葉を知らない人は知らないままでいい。美人よりも醜女の方が情が深いとも、しつこいとも言える。その伝で言えば、渚は「石女」(うまずめ)だったりもするが、ソレはこの先の人生で変わることもある。ピルで避妊しているのだから当たり前だろう。

 デートの3日前から降り始めた雨はしとしとしととエンドレス。天気予報を見ても、この先1週間は晴れそうもない。普段なら気にならないが、今回のデートは「海に行く」ことが目的で、当然ラブホテルは無しだ。毎回セックスすると言うのも「がっつき過ぎ」と思われそうだという理由で、本当は「雨が降ってるからラブホテルで過ごそう」ぐらいは言いたいが、我慢だ。

渚はまた音信不通だった。普段は2~3日に1回はメールをするし、送っても来るが、次回のデートの予定があると、途端にズボラになるのが渚である。それでもこの天気を気にしてメールが来るだろうと思っていたらデートの3日前だ。


「洋ちゃん」と言うメールタイトルが来たのは夕方のことだ。僕は警備員のアルバイトをしているので、雨が降ると現場が無い。駐車場の警備なら天気に左右されないが、僕の場合は土日だけ駐車場警備で、ウィークデーは大抵、「路上の工事現場」の警備ばかりだった。優遇はされていて、それは「2級警備士」の資格持ちと言う理由からだ。当時は片側二車線以上の広い道路での交通規制には2級警備士以上のものがいないと駄目だった。東京都から始まったこのルールは、あっという間に全国に広がった。

あとは「雑踏警備」と」「施設警備」の講習も受けていたから、警備会社にとって「使いやすいアルバイト」だった。今は雑踏警備も施設警備も「資格」となった。正規雇用の話もあったが、僕は中学校時代の同級生が経営する工場に拾われたので、いずれは警備員は辞める気だった。病院への返済さえ終わればの話だが・・・


「雨、降ってるね」

短いメールだ。

「22日も雨だろうな」

僕も短く返す。この方が「繋がってる」と言う安心感がある。今で言えばチャットのようだ。

「今、電話していい?」

「いいよー」

すぐに渚から着信があった。特に何か話したいことがあるわけでも無く、単にデートの約束の確認と変更の話だ。この辺りはお互いに淡白であった。


 結局、ギリギリまで頑張ろうと言うことで、朝のうちに大きなターミナル駅での待ち合わせに変更は無かった。雨が続いていたら別のプランを考えることになった。大きなターミナル駅ならば、大抵の商業施設には行ける。買い物だって駅ビルで済ますことも出来て、グルメな店だってある。とりあえずは「海でのデートプラン」は出来ていたので、雨が降った場合のデートプランを考えないと駄目だろう。「海に行く」と言うアイデアも、渚が5分考えて出したものだ。いきなり「雨降りだけどどこ行きたい?」と訊いても悩ませるだけだろう。ラブホテルは論外である。絶対に「健全なデート」を完遂するのだ。そう言えば渚はたまに気晴らしでパチンコを打つと言っていたが、まぁソレも無しだろう。女連れでギャンブルとか、不和の元だ。待ち合わせをする駅から1時間圏内で行ける場所を探した。この圏内には僕の住む街も渚の住む街も含まれるが、今回は外すことにした。たまにはデートらしいことをしたい。商業施設やアミューズメント施設を探すと、特に引っかかるものは無い。1時間半圏内だとギリギリで水族館があった。ちょっと遠いので保留にした。あとは、晴天時なら楽しいであろう遊園地や、猿を見に行くには絶好な動物園。雨が降る中なので「屋内施設」に限定するので、どちらも選択肢から外した。かなり悩ましい。いっそのこと、いつも通りに僕の住む街で、ぶらぶら買い物とゲーセン。そしてラブホテルと言うコースが妥当に思えてきた。いかんいかん、健全デートには程遠いだろう。渚はいつものデートとラブホテルでも文句を言わないだろう。しかし、「海が見たい」と言った渚の瞳はキラキラ輝いていた。海は無理だが、それなりに喜んでもらえる場所を探すべきだ。


「プラネタリウム」


 ふと僕の脳裏を掠めた言葉。そうだ、プラネタリウムなら、2時間は潰せる。しかもアレはかなり上質なエンターテインメントである。ドームの内側に点光源を投射させるだけの子供騙しと感じる人もいるが、クォリティの高い「プラネタリウム」は本物の星空と同じ感動を与えてくれるし、鑑賞者の知識不足をそっと解説で補ってくれる。中には「ドラマ仕立て」で音楽にも凝ったプラネタリウムもあるのだ。早速、近場にあるプラネタリウムを検索することにした。本当にインターネットは便利だ。意外なことに、ターミナル駅から1時間圏内に限定しても、3か所のプラネタリウムがあった。大きな「商業施設」を思わせる規模のモノから、市が運営する小さなものまで。僕が子供の頃に小学校の課外授業で行ったプラネタリウムは閉館していたが、同じ規模のプラネタリウムが隣県にあった。ここなら間違いは無いだろうと、予約をしようとしたが、「当日券のみ」だった。もうプラネタリウムは斜陽産業なのだと知った。悲しいことだ。僕は高校生時代、天文気象部にも籍を置き、夏休み最後の「新月」の日を狙った「天文合宿」に参加していた。生で見る天の川の美しさは筆舌に尽くしがたいモノであった。

 そうだ、渚に「人工のモノでもいいから星空を見せたい」と思うようになった。上映時間は1時間。到着時間にもよるが、上映を最初から観るのならば20分30分は待つようだろう。大体の予想で、プラネタリウムに到着してから上映を観終わるまで1時間半。時間の計算は大事だ。渚を退屈させないようにスケジュールを組んでみた。当日の移動ルートがちょっとまずいことにも気づいた。ターミナル駅からプラネタリウムのある街に行くために、僕の住む街近くを通るのだ。路線が違うだけで、もっと言えば、違う路線の駅でも、僕の住む街までバスで移動出来るし、距離的にはタクシーを使った方がいい感じでもある。渚にとっては「洋ちゃんちを通り過ぎた先にある」感じだろう。今からJRに頼み込んで新しい線路を敷いてもらうのは無理なので、どうにか帰りのコースを「渚の住む街を通過する路線」にするしかない。デートの終わりをラブホテルで締めくくると言うのは僕の希望であって、それはまあ「セックスが目的なの?」と言う誤解を与えるので、避けたい。セックスはしたいのだけど。

 待ち合わせ時間が10:00なので、大体昼前にはプラネタリウムに着く。早めの昼食をとって、プラネタリウムで1時間半ほど。困ったことに14:00から先の予定が無い。プラネタリウムは内陸部の方にある。早い話がかなりの田舎である。当然、若者が遊ぶ場所が少ない。バッティングセンターがあるくらいだ。その駅の様子は知っている。駅前繁華街すらないような駅だ。3駅ほど移動すれば大きな繁華街を擁する駅があるのが救いか・・・買い物で時間を潰せば、あとは夕食を食べて、ちょっと駄弁っていれば「渚を帰す時間」になるだろう。つまり、プラネタリウムを観たあとはノープランである。


デート前日にメールが来た。

「明日、雨だね」

「プラネタリウムを観に行かない?」

「プラネタリウム?行ったことないけど、どこにあるの?」

「○○県の○○市。駅で言えば○○駅だよ」


ここでメールの間が空いた。

「洋ちゃんとこの駅で待ち合わせた方が良くない?」

バレた(笑)

「そうなんだよなー、いつもの場所で待ち合わせする?」

ここでもメールの間が空いた、10分ほど。

「洋ちゃんのとこにもプラネタリウムあるじゃん」

 灯台下暗しである。そう言えばかなりの金額をかけているプラネタリウムがあった。市立のプラネタリウムで、相当に力を入れた展示をしている。僕は地元であることから、この施設を利用したことが無かった。検索して詳細を見ると、かなりハイレベルなプラネタリウムのようだ。当初予定していたプラネタリウムよりも規模が大きいし。

「俺の地元にもあるんだな。ここでもいい?」

「そのほうがいいんじゃないかな?」

あ、渚はまたえろ娘モードに入っているようだ。

「じゃ、12:00に変更、いつもの場所で」

「うん!」


 駄目だ、渚とのセックスと言うアトラクションに勝てる遊びなんぞ無いのだ。僕はいつだって渚を抱きたい。渚は高頻度でセックスがしたい。こんな関係でいいのだろうか?いや、特段、僕と渚がセックスばかりしているわけでは無いのだが、最近は会えばラブホだったから・・・それも月に2回ほどなので、「やりまくってる」わけではない。普通のカップルならもっとしているはずだ。長距離恋愛ではないが、お互いに忙しくて、電車で1時間半ほど離れて生活しているので、会えば「愛情表現」と言うか、確認作業も兼ねてセックスをする。会える日の少なさは、1日の回数でカバーする方針を変えるつもりはない(毎回3回だな、と)


 当日は当然のように雨。しかも気温が高めであった。10月末にしては温暖な日で、僕は羽織ってきた薄手のコートを脱いで渚を待っていた。渚はまだ到着していないようだ。待ち合わせ時間まであと10分。渚が改札を抜けてくる。Tシャツだろうか、その上にジャンパーを着ていた。そのジャンパーが強烈で、世に言う「スカジャン」である。背中に昇竜の刺繍とか、その美しい容姿と合わせれば、どこから見ても「ヤクザの情婦」である、身長、低いけど。まだジャンパーを羽織るような気候ではないと思ったが、下が薄着ならちょうどいいのか?

「ごめーん、待った?」

「今来たとこだよ、雨で残念だな」

「いーんじゃない?あちこち歩くのも疲れるし」

 しまった。湿度の高い日の渚はヤバいのだ。あの「女の子さんの匂い」が強くなる。しかも若干厚着をしているものだから、その匂いをもろに嗅がされた。もしも計算ずくでやってるなら、この娘は小悪魔が過ぎる。


「はー、あっつい」

「ジャンパー脱いだら?」

「この下、半袖なのよねぇ・・・」

それじゃ仕方ないな。それとも俺のコートを羽織る?軍の払い下げ品だから防寒ではないけど防水性は高いよ」

「洋ちゃんのコートだと私には大きいよ」

そう言いながら、渚は右の二の腕を上手く隠しながら僕のコートを羽織った。可愛い生き物め。

「うわー、ダブダブだぁ」

そりゃそうだろう。でもそのコートは便利なんだぜ」

「どこが?」

「防水と防風性能が凄いから、この街みたいに真冬が怖い時にも使える」

「この辺りってかなり寒いじゃん」

「0℃あたりなら、下にニットを着ればそのコートで十分さ」

「へぇ・・・」

 駄目だ、大きなサイズのコートを着せると「萌え袖」になって益々可愛い。僕の頭の中を裸体の渚が駆け巡る。プラネタリウムなんかどうでもいいと思いだした。飯を食ってすぐにラブホテルに行きたい。


僕は右腕に掴まっている渚に「じゃ、行こうか」と言った。


「どこに?」

「どこにって、プラネタリウムだよ」

「本当に行くのぉ?」

この悪い生き物は何を言い出すのか?

「そう言う約束だったでしょ」

「それよかさ、この駅ビルに美味しい店があるんだけど」

「昼飯か。先に食べておこうか」


何故か渚の方がこの駅に詳しい。僕は渚の案内でエレベーターに乗った。飲食街は7階と8階だったはずだ。以前、母の墓参りの後、そこで食事をした記憶がある。見晴らしのいいレストランだった。渚は迷わずに7階のボタンを押した。


「ここのお弁当、凄く美味しいんだよ」


テイクアウトのみの店だった。メニューはとんかつがメインだが、「お勧めセット」は、とんかつのハーフとメンチカツ弁当、とんかつハーフのデミグラスハンバーグ弁当であった。お値段はそこそこ高い1280円だった。


「弁当って、どこで食うんだよ」

渚は僕の腕にしがみついて、じーーっと僕を見上げてくる。美しい・・・

いや待て、まさか・・・

「いつもの部屋でいいじゃん」

ラブホテルのあの部屋のことですね分かります。


「いきなりかよ」

「雨、好きじゃないの」

「そりゃそうだけど」

「洋ちゃんは嫌?」

「嫌じゃない、いや行きたい」

「じゃ決まりー。お弁当、両方買おう」


 弁当の入った袋をぶら下げて、空いてる右手には渚を掴まえさせて雨の街に出た。ラブホテルまでそんなに歩かない。渚は器用にバッグをたすき掛けにして傘をさしていた。世に言う相合傘であるが、30分後には「あん♪あん♪やだ♪」になるはずだ。ホテルに着く頃には、僕も渚もかなり濡れていたが。それはもう色々と濡れていただろう。フロントのタッチパネルを見れば、いつもの部屋が空き室なので、当然その部屋を選んだ。清潔で、白で統一されたその部屋は、ベッドが大きくてお気に入りだった。


部屋に入ると、サッサと荷物を置いてベッドに腰かけた。渚が横に座る。


「今日はさ?」

「ん?」

「健全なデートの予定だったのに」

「やだ洋ちゃん。高校生じゃないんだよ?」

「最近は、必ずえっちしてたから気になってたんだ」

「洋ちゃんは私とするのが嫌?」


黙って後ろに押し倒した。

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