終約のレクセル

五条風春

序章 神話時代の終焉

出典∶history - Franklin A Arnold jr.

   line42-115

翻訳∶world world transfer project


 メビウスの出現から陸を奪われるまでの十数年間の後、世界は「新世紀」へと突入した。メビウスとの百年戦争は、いまでも続いている。


 メビウスの出現は、2066年のことだった。

 はじめはアフリカに出現したため、どこかの独立戦争だと勘違いされた。そのため、国連は当時編成されていた多国籍軍を送ることなく、平和維持軍【PKF】の派遣に留まった。

 その結果、メビウスは僅か2週間のうちにアフリカ大陸を席巻。大国の関与を疑った国連の初動は遅れに遅れ、ヨーロッパ戦線はかろうじて維持すれども、イラン・イラク両戦線を破竹の勢いで破られ、多国籍軍の展開する頃には中国の雲南省にまで侵入されていた。

 この頃のメビウスの武装は最新の戦車及び戦闘機、航空機であり、中に人が乗っていると勘違いされていた。実際は機械生命体なのか、中には人も何も乗っていなかった。

 メビウスを食い止めるべく行われた雲南省での大攻勢Ops;Olympic(Ⅰ)、通称「雲南攻勢」は、メビウスを食い止めることには成功したものの、押し返すには至らず、さらに各国が各国軍単位で行っていたヨーロッパ戦線が危急となるに及び、多国籍軍主力はヨーロッパ戦線に転戦。

 その結果、東南アジア及び極東アジアはメビウスになされるがままとなり、トンキン湾攻勢やベトナム戦線などである程度の勝利は重ねながらも、全体的には補給が無限にあるメビウスに軍配が上がっており、戦線は段々と南へ、東へと追い込まれていった。


 その頃には、もはやヨーロッパ戦線でも勝てなくなっていた。


 多国籍軍は連敗を重ね、イスタンブール戦線崩壊後はハンガリー、オーストリア、そしてドイツやロシアへと侵入を許していた。

 世界最大級の賭博作戦と呼ばれたエジプト上陸作戦によって、多国籍軍が壊滅するに及んで、ヨーロッパ戦線の崩壊は明白となった。


 それでもなお抵抗する人類は、遂に核攻撃を敢行。


 これには一定効果があり、エジプトへと打ち込まれた最初の核は、集結していたメビウスを壊滅させるに至る。だが、何度も使ううちにメビウスに対策を立てられ、最終的にはヨーロッパ戦線をライン川まで後退させることになってしまう。

 ドイツを失ったヨーロッパは、さらに戦線を押し下げられていき、辛うじて維持していたジブラルタル海峡から地中海を渡り、ロシアと図った上で、地中海の島嶼に立て籠もることになる。


 一方、アジアの戦線では、中国の物量戦術や、東南アジアでの艦隊の投入によって、小康状態にあった。このころは、まだメビウスは艦隊を保持しておらず、かろうじてながら支えられていた。

 だが、東南アジアのブルネイ泊地にてメビウスの艦隊投入が発生、その結果、同地に駐留していた中国艦隊と日本の日本防衛機構艦隊が両者とも壊滅させられた。


 ブルネイ沖での中国・日本艦隊の壊滅は、そのままアジア圏における艦隊による制海権喪失を意味した。メビウス艦隊は、ブルネイ沖で現れた後、世界各国で出現し始めた。

 この情報を聞き付けたヨーロッパでは、急いで艦隊戦力の本格的整備が行われた。だが、メビウス艦隊の方が一足早かった。


 2069年11月17日、シチリア沖海戦。


 既にメビウス出現から3年近くが経過しており、さらにいうならばシチリア島にはメビウスが訪れたことはほとんどなかった。精々空襲に対する備え程度しかなかったシチリア軍港は、艦隊戦力によってほぼ一瞬で壊滅。

 同地に駐留していたイタリア国軍第二艦隊はシチリア島を脱出し、メビウス艦隊と交戦。メビウス艦隊は戦力を増強していき、丸二日に渡る攻防戦の末、シチリア島の制海権を奪われるに至る。


 このままでは地中海の制海権を奪われると危惧したヨーロッパ統合政府軍(メビウス出現によって、遅まきながらEUから発展した、国家連合体。この頃にはようやく各国政府の戦闘から統合軍としての戦闘にいこうしようとしていた時期)は、ヨーロッパに存在する全艦隊戦力のおおよそ6割もの戦力を投入し、シチリア島奪還を図った。

 これに臨時編成された多国籍軍も加わり、アジア方面、インド洋方面、地中海方面の三方面、さらに陸上からからメビウス撃滅を図る大規模な作戦が展開された。


 別名「アイギス」作戦と呼ばれたこの大作戦は、しかし悲惨なまでの惨敗を喫する。


 敗因は、3年間の戦いの中で、有能な陸軍将官が数多く失われたいたこと、メビウスの戦力を見誤ったこと、そしてなによりも、各国間での連携が取れていなかったことにある。

 各国間での連携が失敗した結果、アジア方面では再編成途上にあった中国艦隊が壊滅、さらに日本列島のなかでも最北端に位置していたとされる北海道と、本体ともいえる本州を跨ぐ海峡であった青函海峡を突破され、太平洋への侵入を許した。


 太平洋側からの侵入を警戒していなかったアメリカは、歴史上はじめて太平洋沿岸アメリカを直接攻撃され、混乱に陥った。


 それだけではない。


 地中海方面では、統合軍と多国籍軍の緊密な連携によって追い出されるはずであったメビウス艦隊は、緊密な連携に失敗したことにより、さらに紅海やジブラルタル海峡から大量侵入を果たした。


 インド洋方面は、ついぞインド亜大陸沿岸地域の制海権確保に失敗し、地中海とアジアの連絡をたたれるに至る。これによって、メビウス艦隊の圧倒的な戦力を覆す手段を、人類は失った。


 北極海や南極海などに侵入してきたメビウス艦隊を退ける力を、もはや人類は持っていなかった。


 北極海戦線の最前線基地にして最後方基地、支援基地と呼ばれた、北極探査用の巨大な建造物であった「冷府」基地を陥落させられた人類は北極海の制海権を完全喪失。

 これを皮切りに、人類は次々に制海権を失っていく。


 地中海戦線では、ジブラルタル海峡の両端を辛うじて押さえていたイギリス軍の守りが遂に破れ、ジブラルタルがメビウスの手に落ちた。


 東南アジア戦線では、シンガポールのセレター軍港、ブルネイのタウイタウイ泊地、パプアニューギニア島のポート・モレスビーの三ヶ所がメビウスの手に落ち、遂にオーストラリアにまでメビウスの魔手が及ぼうとしていた。


 日本海戦線は、中国・韓国・朝鮮民主主義人民共和国・日本の四国による四国連合艦隊によって、辛うじて小康を保ってはいたものの、戦力の磨耗はいよいよ激しさを増し、四国の練度の高さで補っていた戦力差も破れようとしていた。


 もちろん、陸の戦線はもっと悲惨だった。


 まず、アフリカでは異様なまでの頑強な抵抗をしていたエチオピアとエトルリアが遂に降され、アフリカ全土がメビウスの手に落ちた。


 ヨーロッパでは、全戦線において統合政府軍は破れており、ドーバー海峡における第二次ダンケルク撤退作戦、デンマークの失陥などに代表されるように、フランス以東地域は完全にメビウスの手に落ち、スペインも残された地域はほとんどなかった。


 イギリス本土防空戦にやぶれたイギリスは、それでもなお、今でも続く「大イギリス防衛陸海空軍決起」作戦によって辛うじてながらメビウスの上陸を防いでいた。


 アメリカにはメビウスは上陸していなかったが、二度と太平洋からの侵入がないように、ハワイ軍港を整備していた。


 そして、全アジア戦線は、まず西アジア全土を失陥、それどころか、もはや残されいるところは台湾、中国東部、ロシア南部、そして朝鮮半島だけだった。


 こんな中で出されたのだから、この国連決議はもはや既成事実の承認程度の役割でしかなかった。


 「2071年度国連決議第1508号」。


 別名を「大陸人類の死亡証書」と呼ばれる。

 この決議は、国連による人類生存を為すための超法規的措置を伴い、これに従い各国は海上要塞建造に走った。


 今でも残されている要塞として有名なのは、「水の都」要塞や「スターリングラード」要塞だろう。これら要塞は、もちろんのことながら神話時代に大国と呼ばれた国家によって建造されたものだが、そのために国民からありとあらゆる鉄を徴収したという。

 地球上で鉄を生産できる地域のほとんどを奪われていた人類にたっては致し方ないことだった。


 2073年1月27日、日本海制海権失陥。


 第22次佐渡島海戦にて、四国艦隊は遂にその有終の美を飾ることになった。世界のあらゆる海戦の中でも、この時ほどメビウスへの勝利に近づいたことはなかっただろう。

 日本海に当時展開していたメビウス艦隊は、艦船合計790隻、うち大型艦艇は300隻に及んだという。この大艦隊を相手にした四国艦隊は、当時最新鋭であった、大型護衛艦「むさし」以下220隻。戦力差は三倍以上であり、これに勝算は一つもなかった。


 もちろん、当初メビウス艦隊がこの海戦に投入した戦力は、各所に分散していた三個艦隊の一つであり、その結果最初はメビウス艦隊をほぼ殲滅していた。

 だが、メビウス艦隊は、四国艦隊が過去最大級の戦力を佐渡島に集結させていると見るや、即座に二個艦隊を呼び戻し、さらにアジア方面に展開していた全てのメビウス艦隊を集結させようとした。


 だが、それをゆるす訳にはいかない。


 結果的にだが、人類全体がメビウス艦隊と泥沼の戦闘を繰り広げることになる。その点において、はじめて人類は一つとなってメビウス艦隊に立ち向かうことができたと言えよう。

 「アイギス」作戦の理想が現実になった瞬間でもあった。

 もしも仮にこれほどの連携がとれていれば、「アイギス」作戦でも勝利できただろう。ただ一つ「アイギス」作戦と違ったのは、メビウス艦隊の戦力が、あの頃とは比べ物にならないほど増加しており、さらに人類の戦力が激減していたことだった。


 もはや、連携だけではメビウス艦隊には勝てなかった。


 四国艦隊は沖縄や青函海峡を動き回り、メビウス艦隊を各個撃破していった。だが、その残存戦力は急激に減速していき、遂に50隻を割り込んだ。

 そのタイミングで、北極海、南極海の無傷の艦隊に、各方面から集結した大艦隊が、現れた。


 青函海峡を巡る50隻対450隻の戦いは、最初から勝負が付いていたようなものだった。だが、それでも四国艦隊は粘り強く戦った。

 最後には、「むさし」以下4隻が、青函海峡を塞ぎ、両舷から迫るメビウス艦隊を撃破していった。だが、もはやこの時には、四国艦隊に勝ち目はなくなっていた。


 青函海峡を埋め尽くしたメビウス艦隊は、「むさし」以下四隻の屍を踏み散らし、太平洋へと進出した。

 太平洋に集結させていたハワイのアメリカ太平洋艦隊は、このとき既に各所に転戦し、壊滅していた。


 護るもの無き太平洋を、メビウス艦隊が初めて横断したその日、各戦線にメビウス艦隊はいなかった。


 四国艦隊含む人類全体による反撃で、メビウス艦隊は2000隻以上あったその構成艦船を、100隻にまで撃ち減らされていた。

 だが、この時。

 既に、人類に艦隊戦力は残されていなかった。


 後世の人が、この時人類が艦隊戦力を温存していれば、メビウス艦隊は壊滅し、人類の制海権を取り戻せただろうというが、それは無理な話だろう。

 この時、人類は全ての力を用いてメビウスをほとんど壊滅状態に追い込んだ。もしも一隻でも欠けていれば、メビウスをこれほどまでに追い詰めることはできなかっただろう。

 人類にこのとき残されていた艦船は、建造中の艦船たった15隻だった。そして、メビウスは人類の反撃がないまま、アメリカへと進出した。


 アメリカの制海権を奪ったメビウスは、何かしらの方法でアメリカ大陸へと上陸。これによって、六大陸すべてにメビウスが上陸したことになった。


 2075年2月11日。


 アメリカ戦線をのぞく全ての戦線で、陸軍は壊滅した。

 この時、既にメビウスは日本へと上陸を果たし、太平洋側にも迫りつつあった。アメリカを除く全大陸戦線において陸軍が壊滅したことによって、もはや人類には勝ち目がなくなっていた。


 だが、人類は最後の希望を持って、メビウスに対抗しようとしていた。もはやアメリカ戦線も救えないのならば、海上へと進出した人類を生き残らせればよい。

 既にこの時、人類の人口は5億人程度になっていた。

 この5億人を救うために、そして、全人類を海上へと逃がすために、国連はある決議を行った。


 「2075年度国連決議第607号」、別名「統合政府決議」。


 この決議は、太平洋などの大洋に存在する全ての政体を、「陸上国家」から切り離したものだった。当時の要塞は、その建造国に主権があったが、それを委譲したのだ。

 それと同時に、もはや数えるほどしかなかった「陸上国家」に、最後の使命が降される。陸上国家に存在する全人民の、海上への避難──。


 それは、「陸上国家」の終焉を意味していた。


 だが、日本などの残存国家はそれにしたがった。

 自衛隊から発展解消してから四半世紀に過ぎない日本防衛機構は、その最後を有終の美で飾った。


 それだけではない。


 歴史ある大国であったアメリカ、ロシア、中国などもそれにしたがった。もはやロシアに残された土地は千島列島だけであり、中国に関して言えば、南沙諸島や台湾、海南島だけであった。


 最後の決戦の日──。


 2075年6月22日、日没。

 日没と同時に始まった最大規模の作戦、「海洋撤退作戦」にて、全陸上国家は総力をあげてメビウス艦隊を陽動。その隙に、撤退船団が出港し、海上国家へと向かった。

 この陽動は成功し、辛うじてながらメビウス艦隊による撤退船団直接攻撃を防いでいた。だが、後少しというところで、破られてしまう。


 最後の防衛ラインであったのは、日本防衛機構の最精鋭艦隊である第一護衛群。

 たった8隻に対して、メビウス艦隊は100隻を越える。


 だが、第一護衛群はその持ち場を死守した。


 「やまと」等の8隻は、最後は体当たりをしてまでして撤退船団を死守。だが、目前のところで全滅。


 後僅か60海里、ここまでか、という空気が支配しようとしたとき、それは訪れた。


 海上国家艦隊による頑強な護衛を得た撤退船団は、海上国家へと進出。そして、これ以降、今までは、二度と人類は大陸をみることはなかった。

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