24.エミリー


 エミリーという人を調べようとして、僕は結局アリシア様に相談することにした。

 とはいっても、その前に僕の担当メイドになりかけているドーチェさんに話を通してみようと思う。

 何か他のメイドさんに話しかけようとするとドーチェさんが呼ばれるものだからもう僕は諦めてドーチェさんを探すようになったよ。


「あ、ドーチェさん」


「どうかされましたか?」


 進入禁止エリア以外をウロチョロと探していると、すぐにドーチェさんを見つけた。

 僕はカタクリの過去を知っている人に会って、その人の話を聞くと、不自然なことが多くて、情報が欲しい。でも、自分だけでは何も出来ない。そのことを相談すると、ドーチェさんはきっと協力してくれるだろうとアリシア様に伝えに行った。


 頂いた紅茶を飲みながら部屋で待つこと5分ほど。

 ドーチェさんはカタクリの情報が載っている紙を束にして持ってきた。


 え? 早くない? 何その束? 貴族怖い……


 聞いてみると僕が頼ってきたときのために色々と用意があったそうだ。そしてその一つがこのカタクリの情報だそうで、僕は本当に人格者に拾われた気がして、改めてアリシア様に感謝した。


「もしかして、その紙全部がカタクリの情報なの?」


「そうです。とは言っても、ここに書いてあるのはうちクリーク侯爵の影響下にある生徒の噂話を報告させたものです。なので、確実ではない情報も混じっているので気を付けてくださいね。」


 ドーチェさんはそう言って、机に広げた紙の束を吟味する僕の隣に腰かけた。


「あの……いや、何でもないです。」


 どうして目の前にある向かいの椅子に座らないのかを聞こうと思ったけど、ドーチェさんのキョトンとした表情と少しだけ開いたドアから除くメイドたちを見て僕は言葉を飲み込んだ。


 まあ、そんなことは些細なことで、外に出さない。メイドの誰かと一緒。という条件のもと、僕はこの資料を見ることが出来るようになったのだ。


 というわけで、僕はドーチェさんと一緒にこの資料を読んでいった。

 まず最初に大量の情報の中で大事そうなことが書いてあるものを分ける。他のメイドさんにも手伝ってもらい、だんだんとカタクリの過去が分かってきた。


「カタクリは元々、病の次期当主のスペアで、次期当主には許嫁が居て、その許嫁の名前がエミリー。カタクリは病で死ぬであろう次期当主の地位をカタクリは何もせずに自動的に受け取れる立場だった。」


 ドーチェさんはそう言って僕に視線を向けた。なんの視線なのかは分からなかったけど、間違いはないのでとりあえず頷いておいた。


 それにしても不思議だ。

 そんな状況にあってもエミリーって人とずっと一緒に居たってことはほぼ不倫みたいなものだよね?


「エミリーという人も政略結婚だったので、病で死ぬ次期当主ではなく本当の意味で次期当主であるカタクリの方にアプローチをかけるようにと親に言われていたようですね。」


 最近は僕の思考が漏れているんじゃないかと疑うくらいにいいタイミングで話しかけてくる人ばかりでちょっと背筋が薄ら寒い。多分僕と同じところが気になったから目に映った答えを読み上げただけだろうけどね。


 ふむふむ、と分かったような頷きをしながら資料を読む。

 実際はほぼ分かっていない。だって貴族の力関係とか最近のカタクリの食べ物とか見ても何て言えばいいのか良く分からないし。


「あっ」


 僕が漏らした声にドーチェさんは持っている資料から目を離して何があったのかを訊いてきた。


「何か手掛かりになりそうな情報がありましたか?」


「いや、そんなに重要じゃないんだけど、カタクリが家で飼ってた猫型のモンスターを可愛がっていたって書いてあって、意外だなと思って。」


 ドーチェさんは期待して損した、といった顔をして資料を読む作業に戻った。

 僕もそんなに重要じゃないって思うけど、カタクリがいついつ何を食べたとかカタクリ周辺の貴族のゴシップなんてものよりも面白そうに見えたのはしょうがない。


 それにそろそろ僕は疲れてきたので、楽しいことをしたい。

 まだ面白くもない資料を精査しているドーチェさんには悪いけど僕はもっとこの資料を読み込もう思う。


 どうやらこの資料は次期当主が死んで、カタクリが正式に次期当主になる前のカタクリと仲の良かった人物から聞き込みをした時のものを会話形式で記録されているもののようだ。

 交互に質問者と答える人の発言が記述してある。


『カタクリは昔は温厚で、虫も殺せないくらいの優男だったな』


『あんな事件を起こしたのにですか?』


 質問者が思わず確認している。虫も殺せない性格の奴がどうなったらあんなになるのか、僕も信じられない。

 それはともかく、あんな事件と言えるものが複数あるという記録はないので、あの事件が指しているのはきっと僕が燃やされた事件のことだろう。この資料はその後に作られたことになる。


『そうだよ。昔はあんなのよりもずっとのんびりしていて、あんなに殺気立ってなかったよ。』


『そうですか。では何が理由であんな風に?』


 それは僕がとても知りたい情報だと思う。知ったところでどうなるかは分からないけど、知らないと出来ないこともあるはずだ。


『さあなぁ、何があったのかは分からないが、何かがあったのは確かだろうなぁ』


『何かがあったって……それを知りたいんですが。』


 何かを知っていそうだと思った僕の期待を返せ。

 でも、そうかその何かが分かればまずは一歩前進だな。

 そのあとは以前の様子を訊く文章が続くだけだった。やれエミリーと熱々だっただの、やれ次期当主であるクロートザック様に虐められていただの、核心には程遠いであろう内容しか書いてなかった。

 中にはもちろん猫の話も合ったけど、カタクリが豹変したころには姿を消したらしく、今はカタクリの傍を見ても見当たらないらしい。

 なんだ、猫ちゃん見れないのか。どこで捕まえたのかも書かれてないし。猫型のモンスターを捕まえればアリスが喜んでくれると思ったんだけど。


 とはいえ面白くなくても調査をするといったのは僕なので、泣き言を言える立場ではない。自分には関係ないというのに手伝ってくれたドーチェさんと他のメイドさんもいるので、僕は大人しく資料を読み続ける。


 中には先ほどの様な聞き込みではなく、ただの同級生同士が話しているものもあるようだ。

 内容は都市伝説の様な根も葉もない眉唾ものの噂と書いてある。


 なんか面白そう。

 では僕はこの都市伝説の真偽を確かめるためにアマゾンの奥地に向かうとしよう。

 そのためにはこの報告書を熟読しなけらばならない。すまないドーチェ隊員、私はここやらなければならないことが出来た。


 ということでどんどん読んでいこう。


『この学園がどこにあるのか知ってるか?』


『ん? そりゃ、雲の上だろ』


『合ってるけどそういうことじゃない。地理的にどこの上にあるかってことだよ。』


『んなもん知らねーよ、アストガルムの上じゃねえの?』


 アストガルムとは僕が生まれた国の名前だ。

 そしてその中に学園が……いや、正確には学園に来るための転送魔方陣が学園都市『エンリカン』がある。

 ただ、エンリカンから転送魔方陣を使ったので、この学園が実際にアストガルムの上にあるのかは疑問だ。


『聞いた話によるとあのドラゴンとかワイバーンよりもずっと強いのがうようよいるような魔境の上にあるらしいぞ?』


『ええ! マジ? そんなん直ぐに打つ落とされるじゃねえか!』


『でも実際には攻撃されるどころか、野生のモンスターすらここには居ないからな。』


『ああ、そっか、そういえばそんなクラスのモンスターが攻撃できるならとっくの昔にこの学園は無くなってるじゃねえか。慌てて損したぜ。』


『もしも本当に魔境の上にあるなら結界みたいな野生のモンスターが近寄らない仕掛けがあるんだろうな。そしてその結界を維持している魔法陣か何かを壊したら……』


『こ、壊したら?』


『食い殺される』


『そ、そんなこと言うなよ。学園長とか、生徒会長とか、抵抗できそうな人は一杯いるぞ。』


『まあ、そこら辺の強い奴らが時間稼げば俺らはその間に転送魔方陣を使って逃げれば死なないな。』


『なんだよ、じゃあ安心だわ。』


『あの問題を起こした新入生も……カタクリだったか? アイツは人を探してあちこち探し回ってるらしいけど、案外結界を壊すために魔法陣を探していたり……』


『そんなことあったら俺が真っ先にその新入生を殺しに行くわ。』


『ははは、無理だろ。俺ら庶民には貴族様には勝てねえよ。……いや、カタクリには勝てるかも?』


『いや、無理だろ。貴族って幼少期から強いモンスターを幼体からそだてて15歳の誕生日にはそいつをテイムするんだろ? やっぱ、庶民には勝てねえだろ。』


『カタクリは次期当主だけど養子らしいからな。しかも養子になる前に捕まえてたモンスターはその前の次期当主に殺されたらしいし、しかも今持ってるモンスターも養殖らしいぜ?』


『はあ? 召喚魔方陣でもなく養殖かよ。馬鹿じゃん。なら俺でも勝てるわ。』


『だろ? 養殖って聞くだけでもなんかめっちゃ弱そうに見えてくるから不思議だよなあ。』


 文章はここで終わっている。


 それにしても養殖って何? 僕が知らないなら『知識』にはない用語みたいだ。

 養殖って言葉自体は知ってるけど。家畜みたいに育てられたモンスターがペットショップみたいな場所で売られているのを養殖って言うのかな?

 確かにそれっぽいけど多分違うよね。


 知らないものは知っている人に聞くことが一番早いと思い、僕はその場でドーチェさんに訊いてみた。


「ドーチェさん、ドーチェさん。」


「はいはい、どうしましたか?」


 柔らかい笑みを浮かべながら僕の質問に答えてくれる。

 子供が好きなのかな? もう子供扱いされても怒らないけど、ちょっと

なんか変な感じがする。

 アリスにからかわれるときに似た変な感じ。


「養殖って何なのか知ってる?」


 僕がそう訊くと、僕が持っていた資料をチラッと確認し、ドーチェさんは説明をしてくれた。


「養殖とは、他人の力を借りてモンスターをテイムする行為のことです。」


 あまりにも単純で、『知識』の中に無かった故に思いつきもしなかったその方法に僕は思わず感心してしまった。

 ゲームでは選択肢にない行動は出来ないけど、現実なんだからそりゃ人の手を借りることも出来るよね。


「ただし、その行為は法に則って言えば合法ですが、基本的にどの国の人もやろうとはしません。誰でも少なくとも最初のモンスターは自分一人でテイムするのが一般的です。」


 そうなん? なんか聞いてる限りはどんなに強いモンスターも人数が揃えばどうにかテイムが出来るって話なのかと思ってたけど。

 そっか、会話では弱そうに見えるデメリットがある感じの会話をしてたっけ。


「養殖でテイムされたモンスターは昔は流行っていたそうですが、今ではどこでも禁止されています。とはいえ、公然の秘密として取り締まりをしているのは建国の歴史に養殖だと思える描写があることが多いそうなので国としては何も言えないんですよ。」


「国の歴史? そんなに詳しくは勉強してなかったけどそんな歴史、あったっけ?」


「具体的に誰が養殖をしたとかは書いてないんですが、伝説のドラゴンを討伐しに行ったパーティーのうちの誰かがドラゴンをテイムして帰ってきたって記述はほぼ養殖だと言えるでしょう?」


 確かに。

 討伐ならいいけど、複数人でドラゴンのもとに向かったパーティーがドラゴンをテイムしているなら養殖に見えるね。


「具体的に養殖の何がいけないのかというと、養殖でテイムされたモンスターは主人を攻撃する場合があるからです。」


 もしも僕がモンスターに攻撃されるなら僕は十秒で死にそうだな。


「一般的にテイムと言っても色々とありますが、その中でも昔から言われている養殖とは、パーティーで協力して瀕死にしたモンスターに契約か死かを選択させるものなんです。」


「ええ? 本当に? そんなことしたら可哀想な気がするけど。」


「昔はモンスターに可哀想だと思う人が少数派でしたから。それこそモンスターを道具だと思って扱っている人が大多数でした。」


 なるほど、だから少しでも強い道具モンスターを手に入れるためにモンスターに攻撃されるリスクを負ってでも養殖をしていたのかな?


「それに昔は今よりも人間の行動範囲は小さく、すぐ近くに獰猛なモンスターの住処があったなんてことがあれば道具として対抗手段が必要だったんです。」


 なるほどなあ。それで成功した一部の人間が国を興して、成功率の悪い行為が正当化されちゃってるのかな? 『知識』の中でいうと学校行ってないのに成功している人がいっぱいテレビに出て、失敗している人の方が大多数なのに学校行かなくてもいいんだって思う人が多いって状態と似てるのかな?

 超ハイリスク超ハイリターンってことだろうね。


「今はそんなことは戦闘を専門している冒険者や軍隊に任せればいいんですが、それでも中には成功するのを夢見て養殖を始める人も居るんです。まあ、カタクリは事情が違いそうですが。」


「へえ、そうなの? どんな事情なのか分かるの?」


 そう訊くと、ドーチェさんは何やら苦い顔をして言いづらそうに話し始めた。


「その、リン様が持っている資料にも軽く記述がありますが、カタクリは故人である次期当主であったクロートザックに虐められていたそうなんです。」


 書いてあった。

 僕もそんなことをされた側から言うと、なんとも許しがたいものだけど、病に侵されていて死ぬのが決まっていて、余命をカウントダウンしている状況はきっととてもストレスも不安もあったことは分かる。

 だからと言ってやっちゃいけないことに変わりはないけど、きっと本人も辛かったんだと思う。多分だけどね。


「亡くなられる一年ほど前までは軽いものだったそうですが、ある時にカタクリ様に顔の傷が出来た際に、お父様からお前の代わりになる人物なんだから身体的に傷を付けるなと言われたそうなんです。」


 かなり詳細な情報だ。きっとドーチェさんが言いづらそうにしているのもほぼこの情報が確定しているからだろう。これからドーチェさんが言うのは調査の結果で出てきた憶測ではなく確実な出来事であるだろう。


「その結果。虐めの対象はカタクリからその当時婚約者であったエミリーさんに移り、今でもエミリーさんは行方不明です。」


「はあ? え? 行方不明? 何があったの?」


「クロートザックさんがエミリーさんと心中を図ったそうです。」


 は? マジで? 自分が死ぬからって結婚する予定の人と一緒に死のうとしたの? 馬鹿じゃん。

 そんなことしても何の解決にも……でも精神をやられた人間は何をするか分からないからなぁ。


「他にもカタクリに懐いていた猫型のモンスターの幼体を殺したり、カタクリの親を脅したり。色々と好き放題していたそうなんです。その仕返しに本人が居ないのでクロートザックのテイムモンスターだったモンスターを養殖で捕まえて虐待を続けているそうです。」


 ええ……そんなことってあるんだ。

 そりゃあんな馬鹿が生まれてもしょうがない……のかなぁ? まあ少なくとも納得はした。当事者ではないし、何があったのか、カタクリが何を考えたのか分からないけど何が起きたのかは知ることが出来た。


 でも…………どうしようかなぁ。

 何とかしてあげたいところではある。だって、僕がもし、ケイトにアリスを殺されたりスライムたちを殺されたりすれば僕も何をするのか分からない。

 きっと今のカタクリはあったかも知れない未来の僕だ。

 出来るなら僕に恨みをぶつけるよりももっと幸せなことは沢山あるって教えてあげたいけど、僕が何を言っても何もかもが終わった後っぽいし、聞いてはくれないだろうな。

 何よりも僕だとしたら怒っているときに知りもしない他人がそんなことは無駄だって言ってきたら直ぐキレる。そして僕はカタクリから見れば他人だろう。何を言っても無駄なことは簡単に分かる。



 僕ってやっぱり弱いなぁ。

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