18.狼と宿


 森の中を《キャロラビット》を狩りながら進む。

 道中は《ウルフギャング》たちが警戒してくれるし、何ならあたりに散らばっている《スライム》たちも定点観測装置と化して僕に付いている《スライム》にモンスターの出現情報を教えてくれるので安全極まりない。


 ダンジョンに出てくるモンスターは、基本的に一階層一種類のモンスターが増えるので、洞窟にいる《カメレオンリザード》は森に出てこない限りこの森の中では《キャロラビット》しか出てこない。


 次の階層は違うらしいが、まだまだダンジョン内のはずなのにかなり安全な探索が出来ているのは確実に大量に放った《スライム》のおかげだろう。


 ただ、次の階層に《ウルフギャング》に似た戦闘特化のモンスターが出てくるので、そろそろ《スライム》の物量作戦は期待できなくなりそうだ。

 三階層の探索ががくんと一気に速度が落ちたのは《ウィードスライム》が付いていないと探索が出来ないからだろう。


 買った後の素材を一階層に持っていく仕事は率先して進化していない《スライム》が請け負っているようなので、むしろそんなことは関係なく助かっているわけだが。


 三階層に行くための階段を降りるとまたもや不思議ながらもなかったはずの崖の側面から出てきた。

 あの崖を登れば二階層があるわけではないので、あの上には一体何があるんだろうか。

 上るための道具ももってきていないので、今度上って確かめようと思う。


 階段近くに狼型のモンスターはいなかったようで、階段降りたら戦闘にはならずに安全に降りることが出来た。


 今度も全てのスライムの情報を集めることが出来るそこら辺の《スライム》に監視している《ウィードスライム》からの情報をもとに案内してもらう。

 これでどれだけ歩いても獲物と出会わないといったことはない。


 そうして歩いているうちに飛び出してきたのは《ファストウルフ》だった。

 いきなり目の前に飛び出してきたのにも関わらず、リーダーであるヴォルフは虎徹を襲おうとした前足をギリギリで弾いた。


「グルルルル!」

「グゥァ!」


 威嚇するヴォルフにまたも襲い掛かってくる《ファストウルフ》。

 しかし、今回反応できたのはヴォルフだけではない。最後尾にいたはずのルーヴが《ファストウルフ》に迫りながら光魔法を咆哮と共に放った。


「グルァ!」


 辺りを閃光が覆い、《ファストウルフ》は「キャン」と悲鳴を上げながら顔を背けた。

 その《ファストウルフ》の目が潰れた隙にナンバーツーのルゥは首に向かって噛みついた。


 ルゥが《ファストウルフ》を拘束したその瞬間に他の《ギャングウルフ》の魔法による集中砲火が浴びせられた。

 僕も風魔法で攻撃していると、気が付けば《ファストウルフ》は毛皮に変わっていた。


 ふう、緊張した。

 どれだけ《ウルフギャング》たちのことを信用していてもどうしてもモンスターを前にすると死を感じてしまう。

 まあ、今回は《ウルフギャング》よりも一体ごとの強さが違う相手に初の"狩り"ではないちゃんとした戦闘をした《ギャングウルフ》もとても立派に戦っていたので、僕は褒めながら撫でて回ることにした。


「ルゥは偉いなぁ、ラストのあの判断はなかなか凄かったぞ。」


 僕が頭から尻尾までを目いっぱい撫でながら褒めると、ルゥはあまり嬉しそうにではないふりをしながらも尻尾はフリフリと横に揺れていた。ツンデレさんめ。


「ルーヴも光魔法を使えるようになって本当に強くなったな、準備する時間もなしにあんなに強い光を出せるなんて、もう僕を超えてるじゃないか」


 ルーヴは褒めると待ってましたと言わんばかりに腹を見せて撫でて撫でてとこちらを見てくる。

 本当に僕はあんな短時間であの強さの光は出せないので、ルーヴは僕よりも光魔法が上手い。そんなことを思いながらも僕はルーヴのお腹を撫でてやった。


 しばらくしてルーヴが満足すると、僕はヴォルフの方に向かった。

 先ほどから近くにはモンスターは居ないが、《ウルフギャング》が僕をじっと見ながら待っているので、これは僕が全員を撫でまわさないと進まないようだ。


「良く虎徹を守ったな、群れのリーダーちゃんとやってて偉いな。手は大丈夫か?」


 先ほどから戦闘が終わった瞬間にその場に座り込んだヴォルフに手を見せてもらうと、その手は爪にえぐられ血が滴り、骨が見えるほどの怪我をしていた。

 戦闘が終わるまで、凛と《ファストウルフ》と対峙していたヴォルフは弱みを一切見せずにこの怪我をしながらも威嚇していたということだろう。

 こいつはやっぱりリーダーだな。


 僕はヴォルフに[ヒール]をかけるように《ヒーラースライム》に頼みながら今の戦闘を振り返る。

 あの《ファストウルフ》は《ウルフギャング》の進化先の一つだ。

 その特徴は俊敏が高いことと、最初の一撃を不意打ちで放つと威力が上がるスキルを持っていることだ。


(ファストウルフ)Lv1


 HP 4600~8100


 MP 3800~5500



 攻撃 :750~1200

 防御 :670~870

 敏捷 :1400~1700

 魔法攻撃 :370~520

 魔法防御 :340~570

 器用:480~740


 スキル

 [スラッシュ]

 [不意打ち]

 [加速]


 俊敏ではアリスのテイムしたソラを上回るほどのステータスをしている。

 しかもスキルで持っている[加速]は走り続けている間は際限なくスピードが上がるスキルなので、きっとこのスキルで《ウィードスライム》の監視をすり抜けてここまでやってきたのだろう。


 ステータスは俊敏以外は劇的に上がったわけではない。しかし、単純にスピードが上がるだけでも、その状態で[不意打ち]を乗せた状態で放ったあの一撃がそのまま虎徹に当たっていたらそのまま死んでいた。

 今回はその一撃を防いだヴォルフが完全なMVPであるが、こうして防いだ攻撃だけで前足が使い物にならなくなった。

 僕のテイムしたモンスターの中で、《ファストウルフ》に対して何かできるのは《ウルフギャング》の中でも年長組ぐらいなものだ。

 《スライム》は何もできず、《ウィードスライム》も見つかりはしないものの監視を振り切られる。《ヒーラースライム》は回復以外では何もできないので論外だ。

 つまりこのままいけば、年少組を守りながら年長組以上のステータスを誇るモンスターの不意打ちに怯えながら進まなくてはならない。


 ……そろそろ潮時か、帰ろう。


 今回の戦闘はルーヴとルゥの機転で何とかなったが、これからもしあの閃光を避けられたら、最初の不意打ちが決まっていたら、……年少組の誰かが死ぬ事態にはなってほしくないので、大人しく帰ろう。


 僕は《スライム》に撤退命令を出しつつ、もふもふ地獄から抜け出すために全ての《ウルフギャング》を撫でまわしに行った。





 ……

 ……………

 ……………………。


 一階層に戻り、どれだけの素材が溜まったか見てみると絶対に僕一人では持ちきれないほどの量だったので今は年長組はボールに戻さずに背中に素材を乗せてもらっている。


 あれは文字通り山だった。

 何やら《スライム》もウサギを積極的に狩っていたようで、山の内訳は七割以上がウサギの皮と肉だった。


 魔方陣にも一回では収まらないほどの量なので、何回か往復することになった。

 この魔方陣はモンスターだけでは発動が出来ないから少し不便だ。


 ダンジョンから出てきた時には日は落ちていて、雲のない空には星が輝いていた。

 綺麗だなぁ。


 そういえば僕って今日どこに行けばいいんだっけ?

 アリスとモモとは待ち合わせを女子寮前にしていた。時間の指定はしていなかったけど、さすがにここまで時間がかかれば怒られるかもしれない。

 このモンスターの素材の山を少し分けたら許してくれないかな?


 お肉とか喜んでくれると思うけど、ウサの肉はともかくトカゲの肉っていったい誰が食べるんだ? もしかして何か魔道具とかの素材だったりするのかな?


 女子寮前に着くと、アリスとモモが女子生徒と談笑をしていた。


「アリス、モモ、戻ったよ!」


 声をかけると三人が振り返る。

 アリスとモモは見慣れたものだが、三人目の女子生徒は金髪碧眼のいかにもファンタジーの住人の様な外見をした美しい女子だった。

 まだ女性と呼べるほどの年齢ではなさそうだが、将来が期待できるほどの美貌を持っている。


 なんとなくアリスの方から闇のオーラを感じるので、僕はさっさと気になることを訊いてみる。


「どうだった? 僕はちゃんとしたところで眠れそうかな?」


 最悪はそこらへんに《ウルフギャング》を全員呼び出して団子状態で寝ようと思ったが、先生たちの判断はどうかな? さすがに生徒を一人で野宿させるようなことはないと思うけども。


「ごめん、リンは今日は野宿だって」


「え?……え!?」


 僕は野宿をすることになると言われて、驚いているとアリスは悪戯が成功して機嫌が良くなったのか、笑顔で嘘だとネタ晴らしをしてくれた。


「それは流石に嘘だけど、部屋があまりないらしくて貴族用の部屋が広いから貴族の人の中で受け入れてくれる人がいないかを探してたんだって。」


 ここまで言われれば僕も分かる。この仕立てのよさそうな服を着た金髪碧眼の少女が僕のルームメイトになるかも知れない。

 でも確認してみないことには分からないので聞いてみることにした。


「じゃあ、この人がその貴族様?」


 目を向けると、僕の視線を受けてスカートの端を摘まんでカーテシーをしてくれた。


「初めまして、私は侯爵令嬢アリシア様にお仕えします。ドーチェと申します。」


 どうやら僕が貴族かと思っていたドーチェさんはアリシアという方のメイドのようだ。

 服装は学園の制服で端正な顔をしたドーチェさんがカーテシーをしているので、なんというか、とてもいい。


 僕もこれから一緒の部屋に住むことになる方にはいい印象を持ってもらいたいものだが、残念ながら僕の『知識』には貴族の挨拶の方法はない。

 なので、僕の『知識』の中にある中でも気障で貴族っぽい挨拶を真似しようと思う。


 僕はカーテシーを終え、普通に立っているドーチェさんの前に片膝を突き、ドーチェさんの手を取り手の甲に軽くキスをした。


「僕はリンと申します。僕を助けるために部屋に入れてもらうのを許していただいてとても嬉しいです。」


 セリフは何も思いつかなかったので自己紹介と感謝を伝えた。


 顔を上げるとそこには顔を真っ赤にして僕の持つ反対の手で顔を覆っているドーチェさん。

 そして、その後ろで手で顔を隠しながら指の間からこっちを見ているモモと無表情のアリスだった。

 え? もしかしてダメだった?

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