第2話
目は空を見つめ。何か言いたそうな口が少しだけ開閉している。手は握ったり開いたりして、胴体は呼吸をしているかのようにゆっくりと起伏をしていた。肉の切断面には赤黒い塊が所々に付着している。
やはり、微かな腐臭が漂っている。
「石井君。こっちにスイカがありそう? 石井君どこにいるの?」
遠くの篠原君が右に振り返っていた。目隠しをしているから僕が何をしているのかは解らない。
「石井君。足でスイカをふんじゃったよ。ちゃんと声を出してよ」
そんな友達の声が僕の耳に響いた。
ここから3メートル先の藤堂君は目隠しを取ろうとしていた。
僕はハッとして、素早くそれらを土に埋めて何事もなかったように、藤堂君と篠原君のところへと走って行って。もう遅いから帰ろうとだけ言った。
西の方の空には真っ赤な夕焼けができていた。
杉林の暗闇から男が一人こちらを見ていた。
僕の家はこの裏の畑に面している。
二階建てで、真っ白いペンキの家だったのだけれど、父さんが急に白い家だと金持ちだと思われるからと緑色のペンキを塗ったんだ。
白い家のほうが清潔でいいんだ。けれど、汚れが目立ってくるからけっこうペンキを塗り重ねしないといけないし。と、父さんが言っていた。
僕は藤堂君と篠原君と別れると。玄関を開けて真っ直ぐに二階へと駆け上がった。僕の胸にはざわざわとした捉えどころのない靄がいっぱい詰まっていた。吐き気や心臓の鼓動は何故か緩やかな波のようで、大して気にしなかった。
階段を上がって二階には四つの部屋がある。右側には二つの部屋があって、一つは妹の部屋。一歳年下の亜由美の部屋だ。もう一つは八畳間の和室になっていて、おじいちゃんの部屋だ。
左側にも二つ部屋があって僕の部屋と父さんと母さんの部屋がある。父さんと母さんの部屋には一度も入ったことがない。多分、そこも和室になっている。
おじいちゃんは昔、将棋の県大会で6年連続優勝をしていた。
僕は何か解らないことがあると、決まっておじいちゃんに話していた。
「よお。こんなに遅くにまで遊んでいたのかい?」
皺だらけで、ずる賢さが見え隠れしている顔の大柄のおじいちゃんは、ずる賢い顔を引きつって猿のように笑っている。薄い紫色の胸元を開けたポロシャツ。上質な鼠色のズボンを履いていた。真夏を過ごす恰好をしている。相手の幸助おじさんと、部屋の隅っこで将棋を打っていた。
和室にパチンと音がすると、幸助おじさんが唸りだす。
幸助おじさんは、いつも仕事帰りのようでお侍のような恰好をしていた。
そうだ幸助おじさんは隣町で剣術の師範をしているんだ。
僕はいつもの日常に、不思議と心のざわざわとした靄がなくなりだした。緩やかな吐き気や心臓の鼓動はぱたりとなくなっていた。
「……う……う、う」
幸助おじさんはまだ唸っている顔をして将棋盤に集中していた。
そんな唸り声を聞いていると、まるで石でできたような溝が深い顔の幸助おじさんが僕に首を向けた。
「今は夏だから遅くに帰ってもいいんじゃないの」
と、幸助おじさんは和室の壁の古時計を見た。
午後の6時40分だった。
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