第9話 お嬢様の頼み

 トパーズのせいで、余計なことになったが……今の奴隷達に最も必要なのは食事だ。とはいえ、屋敷に残された食料は少ない。

 これまでのような生活を続けるのであれば、数日は持つと思う。

 だけど、そんなことを続けても爺さんが残してくれたお金はすぐに底をつき、爺さんは俺を売ってしまうだろう。


 それだけはなんとしても避ける必要がある。

 この世界に巻き込まれた挙げ句、地獄を味わいたくもない。


「この中で料理を作れる人。難しくなくていいよ、スープとか……とにかく何かを作れるという人は前に出て。さっきも言ったけど、普通に話をしてもいいからね」


 七人ほど前に出てくれたが、ここは申し訳ないが見た目だけで判断させてもらう他無い。

 これだけいるというのに、自分から名乗り出るようなことはないか……新人教育のように、文句ばっかり言われていた時と比べて大違いだな。


「トパーズ。この人とこの人、あとはそこの二人。彼女たちを私が使っているお風呂を貸してあげて」


「湯浴みさせるのですか? お嬢様がお使いになられているもので?」


 トパーズは選んだ奴隷たちを睨みつけそんな事を言うと、奴隷たちは後ずさりをして顔色がみるみる変わっていく。

 一人は崩れるように座り込んで震えながら、謝っている。どうやら、俺が使うものを奴隷たちが同様に使うなんてことはありえないみたいだな。


「ごめん、言い方が悪かったわ。私が使っているようなお風呂を用意してあげて。料理をする前に体は綺麗にしておかないとね」


「お嬢様が仰っしゃるのなら……ですが、着ている物はいかがなさいますか?」


「今着ているものは捨てて、変わりの服ぐらいはメイド服でもいいから何かあるでしょ? その間ルビーは二人のメイドにすぐに用意できそうな簡単な食べ物をお願い」


「ですが……なるほど、かしこまりました」


 今だ正座をしている奴隷たちを見て、その食べ物をどうするのかルビーは理解してくれたようだった。

 彼らは貴重な労働力。だけど、食べないことにはまともに動けるわけがない。


「数は最低でも十個は必要ね。ルビー、トパーズ。二人が文句が言いたいのも分かる、これは必要なことなの。よろしく頼むわね」


「かしこまりました」


 後はこの人達だ。

 ここでうまく行かないと、今後が大きく変わってくる。

 正直、本当に役に立つかどうか心配なところもある。成功するとも限らないし、期待をあまりしないほうがいいのかもしれない。

 まだ焦るほど危機的な状況ではないから、時間をかけてゆっくりでも大丈夫なはず。


「狩りできるという人は前に……そのまま立ち上がってくれるかしら?」


 この屋敷は奴隷商人の屋敷ということもあってだろうか、近くの町から離れた所にある。

 辺りには他の建物はなく、分厚く高い塀のおかげで野生動物の侵入はない。数分歩く程度で森になっているのが幸いしている。

 テラスから見渡しても、ひたすら続いている森であれば、何かしらの動物がいると思っている。


「おー、なかなかの戦士って感じですねー」


 立ち上がったのはほぼ全員に近い。その中から選抜をして、屋敷に残っていた剣や弓、薄い金属の防具を奴隷たちが身に着けている。

 思っていた以上に様になっていたため、お世辞抜きの率直な感想だった。


「俺は、奴隷になるまでは冒険者してたんだが。狩りをしてこいっていうのならやっては来るが」


「うんうん、私だって鬼じゃないよ。武器に防具品質は今はこの程度だけど、これからはもう少しまともなのを揃えるよ。武器に関しては私もよくわからないから」


 あまりにも見れないものばかりで、ここにある武具がどの程度のものなのかは判断することはできない。

 狩りに同行するべきか迷ったが……ルビーがそんな事を許してくれるはずもない。


「あんた、本当に奴隷商人なのか?」


「一応ね。その紋様が何よりの証拠じゃないかしら?」


 大男は、俺の行動や言動に戸惑いがあるものの、狩りをするということに対しては拒否をするつもりはないようだった。

 奴隷紋があるとは言え、今の命令はかなり自由に活動をできるようにしている。その効果は俺を攻撃しないことがだけが条件となっている。


 さっきみたいに些細な悪口、たとえ罵倒をしても奴隷紋による苦痛は発揮しない。問題なのは、勝手にここから離れるのもいいと言うことだ。

 俺が必要だと思う人だけ残ってくれるのであれば、それでいい。今日は様子を見るだろうけど、明日になれば何人か居なくなってもおかしくはない。


「この辺りだとどんな獲物が居るの?」


「大きいやつだと鹿や猪、小さいので鳥かうさぎだろ」


「ちっ、とんだ箱入りお嬢様だな」


 舌打ちをして、怪訝そうな顔をしている。

 これまでの生活からして、不満が出るもの無理はない。


「他に意見のある人は? 居ないの? 文句がある人は好きなだけ言いなさい。私はそれを意見として受け止めるわ」


 こういう人が出てくるのも当たり前だと思うし、いちいち咎める必要もない。

 奴隷がどれほど辛い環境だったのかをあまり知らない俺とは違い、こんなことをしている俺に反感を持つのも当たり前なのだろう。


 とは言っても、トパーズが目を光らせているこの状況でまともに意見を言えるはずもないわね。

 多くの者が俺を受け入れているというよりも、諦めているに近い。


「お姉さん、一人だけ随分と鬱憤が溜まってますね。でも、皆は薄々感づいているのご存知? そんなことをすれば自分がどうなるかを理解できないなんて」


「殺したきゃそうすりゃいいだろ」


「殺したりなんてしないわよ。ただ、貴方のような人が使えないのなら、どうするのかは困るのだけど。まぁ丁度いいわ」


 殺すつもりはないと言った所で、そう思ってくれる人たちはいないか……そんな中、さっきの大男がお姉さんに近づていった。

 その状況を奴隷達全員が、見守っていた。


「おい、今のうちに謝れ。俺が思うにあのお嬢からは敵意は感じられない」


「腰抜けの戯言なんか、聞いていられないね」


「忠告はしたからな。この馬鹿が」


「ルビー。狩人の皆さんに食事を、そこにいるお姉さんは参加されないので必要ないわ」


 ルビーの姿が見えたので俺は指示を下す。

 選抜した狩り組の所に行き、ルビーに作らせた食べ物を各自に与えていく。

 包み紙を恐る恐るめくり、野菜とハムのサンドイッチみたいなものを眺めていた。


「ほ、本当にいいのか?」


「ええ、狩りの方よろしくお願い致します。これはあなた方のためではなく、お嬢様のために」


 ルビーの言葉に、目配せをした後用意されていた食事に皆が一斉にかぶりつき。コップに入った水を飲み干す。

 その姿に俺は、いつの間にか目を背けていた。自分だけ温かい食事を食べ、飲みたい時に水を飲み。ベッドの上で布団をかけ眠る。


 俺はあのとき、彼らがどんな生活をしていたかを見ていたはずなのに……皆が食事をする光景を見てはいられなかった。


「お嬢?」


「ああ、ごめん。なにかな?」


「獲物を獲ってくるのは、お嬢のためであり、余った物は此処に居る奴隷の食料ってことでいいんだな?」


「ええ、そのための狩りです。大変申し訳無いのだけど、私がここに居る全員に、先程の食事を常に用意するわけにもいかないのよ。だからよろしくお願いします」


 俺は頭を下げ、懇願する他無い。

 自分だけ保護された所でこんな頼みごとしかできない。

 これも俺が奴隷商人として必要な経験だと思っている。

 体験できることは何でも背負う必要性がある。


「主であるお嬢が、奴隷である俺たちに頭を下げるなよ」

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