第2話 社畜は少女になった

 何もかもがバカバカしくなった。こんな現実なんてあり得るはずもない。

 俺は爺さんを睨みつけ、かなり自棄になっていた。


「いいか? 奴隷が商品っていうなら、せめてこんな所で閉じ込めるんじゃなくて、買って貰えるように綺麗にして清潔感をもっと保つべきだ。そして、その経費は必要経費であって切り捨てるものじゃないはずだ。ただ単に生かすだけの最底辺の食事では、見ろ! このやせ細った腕を、このままじゃまともな仕事もできず誰も買わなくなるだけだ」


「お前は何を言っとるんじゃ?」


「よく見てみろよ、俺みたいな子汚らしい男を誰が買うって……」


「儂から見ればお前さんは女に見えるのじゃが」


「俺は男……だ?」


 女という言葉に反応した俺は、胸から下半身まで灘おろした所で、ある異変に気が付き股を弄るが男なら誰しもが装備されている突起物がない。

 いや、夢なんだからそんなことすらありえるよな……そう自分に言い聞かせ、夢だと思いたいのに、額や頬を何度もバシバシと叩くが、その痛みで涙が出てくる。

 細い手足、俺の目線から見える爺さんはとても大きく、俺が少女になっている?


 夢というものは本来はもっと曖昧で、こんなにもはっきりと自分の思考が表に出てくる事自体あまりない。

 そして何よりも、痛みというものは存在しないはず……だとしたら、今起こっていることが現実であり、俺は女で、奴隷?


「なんだよここは……俺は一体?」


 夢ではないという事実は、まるで夢から覚めたかのように、今自分がここに居るという意識がはっきりしてくる。


「さっきも言っただろう。ここは奴隷商人の館じゃと」


 俺が頭を抱えて蹲っていると、爺さんはランタンを床に置き檻の鍵を開け中へと入ってきた。

 足から伝わる床の冷たさ。あたりを照らすランタンの揺らめく火。叩いたことによる頬の痛み。どれをこれもが現実だと告げているようだった。


 肩を掴まれ、爺さんの顔が目の前にあった。 

 他人が触れているという感覚もまた、ここがやはり現実なんだと、頭の中では理解と絶望が渦巻いているかのようだった。

 俺を少し見た後、何かに驚くように目を見開き、体が仰け反っていた。


「お前、の名前は?」


 俺の名前?


「建石育実。名字……が建石で名前が育実だ。俺にも状況が分からないが、俺はなんでこんな所にいるんだ? なんで子供になっているんだ? 俺は一体これからどうなるんだ!?」


 爺さんの服を掴み、問いただすが……


「まったく、騒がしい奴じゃのぅ」


 両腕を掴まれ立つように上へと力を込められる。

 今は抵抗することよりも、素直に爺さんにの言う事に従う。抵抗するだけ今の立場が不利であることに変わりはない、まずは現状を把握する必要がある。


 混乱しつつも、指示通りに立ち上がると先に出ていた爺さんから檻の外から手招きをされる。 俺は覚悟を決めて檻の外へ向かう。それにしても、爺さんは屈んで出入りするというのに、今の俺は屈む必要がないというのも嫌な気分だな。

 それだけ小さな子供だということみたいだが、なんとも複雑な気分だ。


「俺に一体何をさせるつもりなんだ?」


「儂に付いて来なさい。分かっていると思うが、くれぐれも余計なことは考えるでないぞ」


「わ、わかった」


 睨まれたことで、全身の毛が逆立つほど身震いをしてしまった。

 子供になったことで、自分よりも大きな人からの威圧は恐怖心を植え付けられる。同時に嫌なことが一瞬思い返されてしまった。


 大きく息を漏らし、平静を取り戻す。

 こんな細い体では、いくら年寄りとは言え逃げられるはずもない。四つん這いならともかく、両足で歩くのは感覚の違いか、転けそうになっていた。


 とりあえず爺さんが来たことで、檻から出ることはできたが……薄暗いこの場所は、奥に見える一つだけの松明が灯されている。そして、俺が閉じ込められていた他にも、檻はいくつもあるのが確認できた。

 俺がいた場所がかなり暗かったのは、一番奥の檻にある。


 松明が置かれている所までやってくると、檻の中の様子がはっきりと見えた。が……俺はその中を見るべきではなかった。

 虚ろな目をした者、爺さんを今にも殺しそうなほど睨みつけている者もいた。


 あの爺さんが奴隷という言葉を使い、俺に対して商品とはっきり言い切った。そこの中に居る人は、紛れもなく奴隷というものなんだろう。

 そして、もしかしなくてもここが地球ではないという可能性を見出してしまう。

 地球の総人口は約六十億と言われている。その中には多くの人種がいる。


 だが……爺さんを睨みつける人、猫のような耳が頭の上部に付いている。


 そういう被り物は知っているが、そんな物をわざわざここで付けられているはずもない。

 その姿を見て、一つの単語が頭をよぎる。 

 高校、大学と一緒だった友人は、ゲームやアニメが好きで俺によくその話をしていた。


 その中に出てきていたキャラの中に、獣も特徴を持つ人間……《獣人》


 当然のことだが、それは空想のものであり、そんな人種は地球上に存在はしない。

 奴隷がこんなにも当たり前のように存在はしない。


「何をしている?」


 立ち止まる俺に、爺さんからは呼びかけられすぐに後を追う。

 階段を上り、扉が開けられると長い廊下には絨毯が奥まで続いていた。

 爺さんはランタンの火を消し、小さなテーブルに置くと進み始める。


 この廊下はランタンの必要もないほど明るく、壁の所々に明かりがある。爺さんが持っていた火が付いたランタンとは少し違い、まるで電球のように揺らぐことのない明かりがついている。

 大きさからしても、一軒家の三倍はありそうなほど奥までの通路が長い。家というよりも、屋敷という言葉がしっくりと来る。


 これだけ大きな屋敷の地下に、奴隷を監禁しているとは……確か、奴隷商人の館と言っていた。なら、爺さんがこの館の主人になるのだろうか?

 それに、あの人がいることからしても、ここにある内装が普通だとするのなら、やっぱり日本だということは考えにくい。


 別世界というのも、今では否定する気も起こらない。窓のガラスに映る自分の姿からして、俺は俺ですら無くなっている。

 この背丈なら小学低学年と言ったところか?

 子供の目線なんて、今更思い出せるようなものではない。


 そんなことよりもだ、どうしたものか。


 地球でないことから、ここが何処かもわからない。

 働くことが出来、普通に生活をさせてくれるのなら別にいいが……奴隷だからといって、こんな体の俺に何ができる?

 会社でのスキルがここで活かせるとは思えない。できることなら、なんとしてでも売られずに生き残る方法を考えないと。


 案内された部屋の中へ入り、爺さんは俺に対面にあるソファーに座るように促していた。


「さて、お前さんは一体何者なんじゃ?」


 案内された部屋は応接室だろうか?

 俺は向かい合わせに座るが、この部屋にある見慣れないものが気になっていた。

 爺さんが使っていると思われる、あの大きな机……まさかとは思うが、あれは全部木出てきているのか? これだけ大きく分厚いのなら大体のテーブルは合板を使われることが多い。木目もしっかりとしているし、側面にある装飾にも手が込んでいる。


 廊下でもそうだけど窓は同じようにガラスなのだが、窓の外は完全な漆黒に染まっていることから真夜中だというのは分かる。

 カーテンが備え付けられているというのに、見えないようにするつもりはないのと、何処の窓を見ても、窓の奥からは何かの明かりすら見えていない。


 この屋敷が何かに覆われているのか、周りには何も建物が全く無いのかもしれない。

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