第3話 「どうしたい?」

 時刻は13時。

 腕時計を確認しつつ、握り飯を口に運ぶ。


 今の時間は、ちょうど校内の生徒たちが思い思いの場所に分散して昼食をとる時間である。


 僕はというと、風が吹き抜ける中庭の円形ベンチにて、翔と漫才じみた駄弁りを交えながら弁当を食っているところだ。

 いつもであれば僕が1人で飯を食うか、毎回襲来する強引な翔に引っ張られるようにして、渋々誘いを受けるかの2択なのだが、今日ばかりは勝手が違い、僕が翔の誘いを進んで受けるという珍しい構図になった。


 僕の素直な行動に驚いた翔は、「なんだよぉ〜〜、今日は機嫌がいいのか?」なんて僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわし、いつもより軽い足取りで校舎を歩いていたが……。

 実を言うと、別に翔が期待しているような気持ちの変化が、僕に起こったわけではない。


 僕が翔の誘いを進んで受けたのには、明確な動機が存在する。


 僕の頭には、未だに昨日の結衣の寂しそうな表情が離れずにいた。

 そう。僕は、コミュニケーション能力の高い翔に、昨日の事をどう解消していけばいいか相談しようと思っている。


 糸からのめいに逆らえない状態だったとはいえ、僕が逃げるような行動をとって、彼女が傷ついたのだとしたら、僕はその責任をとるべきなのだろう。しかし、僕にはその勝手が分からない。

 謝罪をするにしても、聞き返すにしても、まずは何か……安心できる要素が欲しい。


 僕から「相談がある」と聞いた翔は、少しの間不思議そうに僕を見ていたが、「分かった。答えられそうなことは答えるぜ」と応じてくれた。


 翔は弁当を食い終わったのか、うーんと伸びをして話を続けてきた。


「それにしても紘が相談なぁ……紘って、俺に相談なんてしたことないよな?」


「まぁ、無いわな」


「マジのガチめな相談なら俺にはしないだろうし……あ! 分かった! やっとお前にも春が来たってこ・と・か――」


「違う」


 翔が、続く『か』の字を言い終わらないうちにバッサリ切り返す。


 僕なりのうるさいという意思表示なのだが――。

 翔はその意図を理解することなく「いやぁ、嬉しいよ」とニンマリ笑った。


 まったく……茶化しやがって。

 調子に乗せてしまったことを後悔した。


***


「最初に断っておくが、これは友達の悩みで……俺が対処に困ったから、お前に話してるだけだから。いいな?」


「おう。まぁ、それはいいんだけどさぁ……」


 翔は僕の嘘に違和感を感じたようで、軽く頭を掻き、こっちをじーーっと見てくる。


「……な、なんだよ」


「紘にそんな友達いたっけ?」


「失礼な! いるったらいるんだよ!」


 僕がちょっとムキになったのを察したのか、翔はニヤッと悪戯っぽく笑った。


「ほんとにぃ〜〜?」


 うっっっっぜ!


「答えたんだからもういいだろ! 続けるぞ!」


「あいよぉ〜」


 続く会話では、相談を受けた友達(ではなく、実際には僕だが)に、恋愛とは違う理由で興味を持ったクラスメイトがいること、それから、つい最近その人から話しかけて貰えたのに、事情があって話を聞けなかったことなどを話した。


「んで、その友達は、気になる人に対して謝りたいし、その日に話したかったことを改めて聞きたい訳だけれど……」


「蒸し返すのが怖い、とか?」


 この察しの良さは流石だな。感心するよ。


「そういうこと……だと思う」


「ふーーーん」


 翔は、顎に手をやりながら少し考えていた様子だったが、ある程度の間を置いた後、僕に立て続けに質問した。


「その友達――の、気になる人は女子?」


「そう言ってたぞ」


「友達の方は男?」


「そうだな」


「気になる女子の名前は?」


「それが……あの転校生らしい。織田倉さんだっけか」


「へぇ! そりゃ意外だな!」


 驚くのもそこそこに、うんうんと頷きながら再度考え始める翔。


 どうやら質問タイムは終わったようだ。

 僕のことだとバレるのは面倒くさいな……。


 ボロを出さないように会話を終えられるのかとヒヤヒヤしていると、翔は何かに気づいたように右を向いた。


 つられて僕も右を向く。


「噂をすれば……」


 ベンチの向かいにある窓からは、1階の廊下がよく見える。そこには、結衣の姿があった。


 結衣は外を眺めていたようで……。


「あっ」


 目が合ってしまった。

 結衣が軽く手を振ってきたので僕も手を振り返したが、気まずさに耐えきれなかったせいで思わず目を逸らし、その視線の先にいた翔のニヤケ面を拝むことになってしまった。


「……や〜っぱりな。最初から素直に言ってくれりゃあいいのに。面倒臭い男は嫌われっぞ!」


「うるせぇ!!」


 余計なお世話だ。


 僕がそう思っていると、翔はふざけたような雰囲気をすぐさま変え、真剣な表情になった。


「で? どうしたい?」


「え?」


 拍子抜けした僕に、翔は再度聞き返す。


「どうしたい?」


「…………」


 翔はこちらを真っ直ぐ見て、僕の答えを待っている。「言ってくれれば助けになる」と。

 でも、僕は翔に直接「頼んだ」とは言えない。


(ギ……)


 意思を伝えるな。やりすごしてしまえ。

 糸の軋んだ音が、僕を牽制している。


「……それは、その」


(ギリギリギリ……)


 ――ダメだ。やっぱり出来ない。


 僕が俯き黙ってしまうと、翔はため息をついて勢いよく立ち上がった。


「あー面倒くせ! 俺が声かけてきちゃお〜」


 えっ。


「ちょ、ちょっとまて――」


(ギッ――!)


 顔を上げて、翔を制止させようとした瞬間、頭に強い痛みが走る。僕が顔をあげた頃には、中庭に続く扉が翔によって閉められた後だった。


「待てって言ってんだろ……くそ……」


 僕の声は、中庭に吹く風の音にかき消され、虚しく宙を漂うこととなった。


 夕方、翔から『今週日曜13時に、喫茶店【カスターニャ】まで来ること! ガールフレンドがお待ちだぜ☆』などというメッセージが届き、僕が下校中の通学路で膝から崩れ落ちかけるのは、また別の話である。

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