水底に沈んだ恋の水死体・参
七不思議の一つ、プールの神隠し。
たしか三番目五番目だかのはなしであり、上の学年の生徒はほとんど知っているほどの知名度を誇るはなしであると成瀬は言った。
その内容は七不思議に相応しいよくあるもので『プールで落とし物をすると無くなる。水を抜いても絶対に見つからない』というもの。
その昔、とある生徒がプールで探しものをしている際に溺死する事件が発生。
以来、プールでゴーグルや水泳帽を落とすと見つからない出来事が多発したらしい。
「マ、眉唾ものだよね」
その溺死の事件が本当にあったかなんて誰も気にしてないだろうし、プールで無くしたものが帰ってこないなんて話もよくあること。必ずしも霊の仕業、というわけでもあるまい。イマイチ信憑性に欠けるはなしだ。
「それにしても静かだなぁ」
放課後、あんな事があったからか今日はどこの部活も休みになったらしい。
この学校は生徒に対して少し過保護なきらいがあると思うのは私だけだろうか。
ガシャン。
プールと校庭を隔てるフェンスをつかむ。
これは旧コンに最初に来たころとおなじ、ただの野次馬根性だった。
有名なホラースポットや廃墟になんかは怖いから絶対に行かない。が、普段から使ってるような場所や手の届く範囲の場所には足を運んでしまうのだ。
(成瀬はなんとなく七不思議の話をしたんだろうけど、何か関連があるのかもしれない)
あの男はお莫迦であり阿呆でもあるが、勘は一級品であった。
成瀬の言ったことが一見まったく関係ないよう思えて、じつは大いに関わっていた、という事象を小さい頃から何回も体験していた。
「……」
今回のことに関して私は無関係であり、無視しても何ら問題ないことである。
しかし、今までの霊現象は命が関わっていたから散々っぱら泣き嘆いていたのであって、本来私はオカルト、ホラーをこよなく愛しているのだ。まあつまり―――
(めっちゃくちゃ気になる!!)
そう、私はホラーの体験が好きなんじゃない。ホラーの雰囲気が好きなのだ。
溺れた彼には失礼極まりないし、不謹慎だということももちろん理解している。
でも、こんな純粋なオカルトの空気はなかなか無い。めったに味わえないものだ。
なぜ彼は運動神経のもうしごでありながら溺れたのか。なぜあんな事を言ったのか。七不思議との関連はあるのか。
どうしても理由を知りたい。事の
―――ぴちゃん。
ひとり自制心と好奇心の間で葛藤していると、フェンスの向こうから水音がした。
「あ」
視線を移すといつの間にかプールの縁に女子生徒が座っていた。制服のまま座って足を投げ出し、プールにつけている。まて、いつ入った?
「いつのまに……?」
呆然としてその様子を見ていると、女子生徒と目があった。私に気がついた彼女はにこりと笑いかけ、手招きする。
いまプールに入ったら怒られますよ、という
しかし、この夏の暑さと美人の前に常識など勝てるか? 否、んなもんすでに彼方に放りなげた。
ちゃぷりちゃぷり。
小さく波打つ水の涼しげなさまを尻目に、その波を作り出している本人に近づく。
「先生に見られたら怒られちゃう……ますよ?」
一瞬、同級生なのか先輩なのか迷い、急ごしらえで敬語をつかう。その様子に目の前の彼女はクスリと笑い声をもらす。
「ふふ、私は見つけられたいから、わざとここにいるのよ」
それは透き通るような、透明な声。
しろい肌に肩ほどの黒髪。天女と形容しても差し支えないきれいな人だった。
彼女はまた小さく手招きするので、恐れ多くも隣に座る。
「あのお」
「ふふ、そんなに緊張しないでくださいな」
「いやでも、先輩、ですよね?」
一年生では見たことない。こんなべっぴんさんが同級生にいたら忘れられないだろうし、成瀬が騒いでいた事だろう。
「そうね。私は二年生。あなたは一年生?」
「あ、はい。私は一年生です」
「わあ、やっぱり!」
目の前の彼女はきゃあとはしゃいで水を蹴っ飛ばした。仕草が若干おさなく、たいへん微笑ましい先輩だ。
ふと、メル先輩もこのくらい可愛げがあれば……なんて思考がよぎり、頭を左右に振った。私は別にメル先輩のことばかり考えてない。話してもない。ないったらない。
「あら……あらあらあら!!」
「え、な、なんですか?」
「あなた、うふふ。素敵ね、恋してるの?」
「して、ないです!!」
精一杯否定してみるも、彼女はうんうん頷いて「わかる、わかるわ」と知ったかぶるばかりであった。
「ね、お名前は? 私はちい子って云うの」
「ちい子……あだ名かなにかですか?」
「かわゆいでしょう?」
「はあ、私はつづらっていいます」
「じゃつーちゃんだ」
うんかわゆい。
何がって目の前の先輩のすべてが。
「つーちゃんは、どんな人に恋してるの? お友だち? 先輩? それともせんせ?」
「いや……別に私は恋をしているわけでは」
「そんなのうそ。だってさっき、私とおんなじ顔をしていたんだもの」
あれは絶対に恋をしている顔だったわ、と自信満々に胸をはるちい子先輩。
どうやら私の恋をしていないという前提は通らないらしい。
(もう、恋をしているという事にしとこう)
「ちい子先輩も恋をしているんですよね。私はそっちのが気になるし聞きたいなぁ」
「きゃ」
露骨な話題そらしだったが効果てきめん。ちい先輩は頬に両手をあてて恥じらってみせた。
「相手は同級生? 先輩? 先生ですか?」
最後のほうで彼女がきゃあと言いながら足をばたつかせた。小さい動きだったので水はあまり飛沫を飛ばさなかった。いちいち仕草に上品さが伺える。
「相手は先生ですかぁ」
「やだ、もう」
「怒りました?」
「いえ……いいえ。怒ってないわ」
でも、と言い淀む目の前の人は、不安そうにこちらを見た。
「あなたは……生徒がせんせを好きなんて、駄目って云わないのね」
ぱちり、目を瞬かせる。
「みんなね、世間体がー、とか云うの」
「あー、まあ、それが世論てもんですよね」
「お友だちもみーんな背中押してくれないのよ? ほかにもっと素敵な人いるわよって。やんなっちゃうわ」
イーッと顔をしかめてもさして怖くない。むしろ可愛らしい。こんなお嬢さんに好かれるとは想い人である教員も隅におけない。
「誰が好きか聞きたい?」
「いえ、ここはあえて聞かないほうが想像できて楽しいので聞かないです」
「つーちゃんは偏見が無いのね」
すごく嬉しそうにどうして? と聞かれた。こういうのは人それぞれ考え方がある。こうやって聞くほどの事でもないと思うのが持論なのだが。
「私は、両人が納得していれば別になんでも良いというか……好きにすればいいと思ってるので」
マ、生徒と教師じゃ犯罪とかなんとか度外視しているが、そんなこたぁどうでもいいのだ。無理やりじゃなく、ちゃんと責任とれるなら。
「あらあら、素敵な考え方だわ」
「ありがとうございます」
「これならあなたの良い人もしあわせね」
「いやいやいや」
だから違わいと否定しようとしてやめた。さっきもう突っ込まないと決めたのだ。
「ね、私はあなたの良い人のこと知りたいわ。教えてくださらないかしら」
「うーん、そうですね。言いふらさないと誓ってくれるなら話します」
「ええ、誓う、誓うわ」
「では、す、す、好きな人なんですが……」
これは仮定のはなしであって本当でない。私がメル先輩に惚れてるなんて事実無根なはなしである。だというのに、なんだかこっ恥ずかしくてめちゃくちゃどもってしまった。
「ひ、一つ上の学年で……」
「きゃあ!」
「いつも意地悪ばっかりだけど……」
「きゃあ!」
「なんだかんだ言っていつも助けてくれます。たぶん、おんなじ部活の後輩として目をかけて貰ってます」
「きゃああーーー!!」
彼女のテンションが上がるのに比例して私の羞恥レベルもどんどん上昇してくる。
(お、思ってたより恥ずかしい―――!!)
なんだって私は放課後のプールでこんな青春してるんだ。恋話なんて、そもそも私は恋なんてしてないんだってば!!
「つーちゃんとおはなしするの楽しいわ!! ね、明日も私とおはなししてくれないかしら」
だめ? なんてかわゆくおねだりされる。最近になって知ったのだが、私は顔のいい人に弱い傾向があるらしい。
「……明日モキマス」
ちい先輩は弾けんばかりの笑顔を咲かせたので、私も釣られて笑った。そういえば放課後に部室に寄らないのは初めてかも知れないな、なんて思いながら。
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