第22話「元凶」
「Mr.ユークレイス。報告があります」
入ってきた魔導士に呼びかけられ、資料を漁る手を止める。
魔導帝国首都、ハイゼル。その中央に存在する、魔導帝国最大の聖堂にして、魔導教会の総本山、グレゴリオ大聖堂。
その一室、小さな書庫が配架されたその部屋で、アラスターは大量の資料に目を通していた。辞書のような厚さの書物が山のように積まれており、その山のせいで部屋の全貌が見渡せないほどだ。
「ローグ街襲撃当日。襲撃時刻とほぼ同時刻に、国防式超広域結界に損傷が確認されています。損傷部はローグ街から北東へ80キロ地点の上空、損傷規模は直径10メートル未満。損傷直後、12秒以内に結界の完全修復が完了しています。それ以外に当日、またはその前後に、結界に損傷は確認されていません」
「……そうか」
気のない返事を返すと、魔導士は一礼して書庫をあとにした。扉が閉まると再び静寂が辺りを支配する。
「それで確定か?」
再び呼びかけられて振り返る。
隅にある椅子に座り、アラスターと同じように書物を漁っていた。明らかに悪い目つきに、ボサボサと伸び切った黒い髪。剃る気がないのか、そういうファッションなのか、口周りには無精髭が生えており、ひと目で雑な性格だと伺える外観だ。
「ああ、一時的に結界に穴を開け、そこからミサイルか何かを撃ち込んだ、といったところだろう。精度が高すぎるが、できない訳ではないはずだ」
それしか考えられない。しかし、国防結界に穴を開けるなど、見つからずにできることではないはずだ。なにか、隠密に長けた者が向こうにいるのかもしれない。
それを聞いた髭の男が問いかけてくる。
「ならどうする。俺は今忙しいが」
「ああ。仕事が終わったら協力してもらうぞ、シオン」
アラスターの言葉にうなずく髭の男、シオン。シオンは椅子から立ち上がり、手元の資料を机に置く。
「それはいいが、この資料はまだいるのか」
「いや、特定できれば必要ない。行くぞ」
そう言って二人は扉を開き、書庫をあとにした。天井が高い長すぎる廊下に出て、出口へ向かって歩き出す。
歩きながら、アラスターは今後について考えていた。
(もし『あいつ』が関わっているなら、次はどう動くか……そも、確認されていないだけで、もう既に動いているかもしれない。ならば捜索を依頼すべきで────)
「やあ、アラスター!」
呼び止められ振り返る。
その声を、アラスターは知っていた。
聞きたくもないその声を。
「……何の用だ」
「いや、姿が見えたから挨拶しようと思って。なんだか久しぶりだね!」
明るくゆるい声。その姿を目に捉える。
アラスターはソレを、無意識に睨みつけていた。向こうはそれに気づいてもいない。
そこには灰色の髪をなびかせる、黒いローブを纏った一人の青年が立っていた。年は20代前半と言ったところだろうか。シオンより少し年下なのだろうが、外見年齢は遥かに離れているように見える。
爽やかな笑顔を浮かべる好青年。少なくとも今は、そうとしか見えない。
「最近忙しかったの? 僕で良ければ手伝うよ、アラス──」
「失せろ」
灰髪の男が言い終わる前に、アラスターがそれを遮る。「失せろ」とただ一言、地獄の底から響く、呪いのような低い声。
いや、実際アラスターは呪っていたのかもしれない。
「うーん、嫌われてるねえ僕。前はこうじゃなかったんだけどなぁ」
懲りずに宣う男。睨みつけることをやめないアラスターに、シオンが横から声をかける。
「行くぞ」
「……ああ」
「え、もう行っちゃうの? せっかく会えたのに」
男が呼び止めるが、二人は見向きもせずに歩いていく。廊下を早足で歩く二人に、男は手を振って呼びかけた。
「いつでも戻ってきてね、アラスター! シオンも宮廷魔導士の仕事、頑張って!」
明るいその男を無視して、アラスターとシオンは歩く。失礼な態度とも言えるが、アラスターは攻撃しなかっただけマシだろう。
「アイツには関わるな」
「ああ……すまんな、シオン」
彼の立場を考えれば、殺そうとしていてもおかしくはないのだから。
東の空は白みだす。夜明けが訪れる。
しかしこの聖堂に、光はやってこなかった。
「……」
目が覚めた。
日はまだ顔を出しておらず、少しずつ辺りが明るくなりだした頃。ここは影森庭園内で光が届きづらいという事もあり、寝室は未だ真夜中のようだ。
「……ふにゃ……サラ……」
サラは上体を起こして布団をめくると、やはり中にはナナが入ってきていた。昔からたまに一緒に寝ることはあったが、ほぼ毎回のようにナナはサラの布団に潜ってくる。
クスリと笑ってナナの頭を撫でる。こうすると、寝言をやめて大人しくなるのだ。
「お、おはようございます」
唐突に声をかけられて振り返る。
そこにはロメリアが、サラと同じように上体を起こして座っていた。寝起きだというのに、普段と様子は全く変わらない。髪型がいつも寝起きのように伸び切っているから、というのもあるかもしれないが。
「おはよー……って、え?」
見間違いかと思い、何やら膨らんでいるロメリアの布団を覗き込む。
そこにはアルスが、ナナと同じようにロメリアに抱きついて眠っていた。昼間の落ち着いたアルスと違って、まるで赤ん坊のように甘えている。
「あ……その、いつもこうなんです」
「へえ……以外だね、アルスにこんな一面があったなんて」
アルスはいつも落ち着いていて、まさに完璧超人といった印象だった。そんな彼がまるでナナのように甘えているのは意外だ。
「ふふ、ロメリアの方がお姉さんみたいだね」
「や、いや、そんな……」
お姉さんと言われて照れている様子のロメリア。しかし甘えるアルスをなだめているその姿は姉、もっと言えば母親のようであった。
「あの……アルスは……」
「ん?」
ロメリアが唐突に語り出す。ロメリアの方から話し出してくれるなどこれが初めてだ。そう思ってサラは彼女の言葉に耳を傾ける。
「アルスは普段優しくて、頼りになって、すごい強くて……でも、弱いんです」
「弱い?」
「はい」
そう言うとロメリアは静かに、そっとアルスの頭を撫でる。銀髪に寄り添うその指先は、優しくその頭髪を滑っていく。
「弱くて、甘えたがりで……だからその、私も、頑張らなくちゃ、みたいな……す、すみません、突然こんな話……」
「……ううん。もっと、聞いてみたい」
「あ……は、はい、じゃあ」
そう言ってロメリアは語り出し、それにサラは聞き入っていた。時々笑いも起き、時間は流れるように過ぎていく。
あたりが白みだす。朝がやってきた。
今日、アラスターは帰ってくる。
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