第11話「オズ」

 アズライト共和国、首都東地区。

シーフェルド山脈前。


 「綺麗……!」


 目の前に広がる景色に、ナナは感嘆の声を上げる。


断崖絶壁。


一言でいえば岩山だった。草木はほとんど生えておらず、岩石が全て剥き出しになっている。ゴツゴツとした地表に平らな部分は見当たらない。

そんな岩山が連なって出来ている山脈。


 「これ綺麗か?」


 「うん! なんていうか、壮大? みたいな」


 「壮大……」


 シオンの問いに、ナナは目をキラキラと輝かせる。ナナはそこそこ景観が良いところなら、どこでも綺麗と言いそうだとシオンは思った。


ナナは現在、シオンに連れられてとある場所までやってきていた。例のオンボロ宿屋から少し離れた、郊外にあるだだっ広い草原。

そこに隣接した、巨大な山脈のふもと。


 「とにかく、ここだ。ここが、シーフェルド山脈」


 「シーフェルド……」


 シオンの言葉に、ナナはソレを繰り返す。

シオンは軽く頷くと、静かに言葉を紡いだ。


 「ああ。そして同時に、位階魔導士選定試験、実技部門の会場でもある」


 「ここで……メッチャメチャ広いね」


 「そうだな」


 見たままの感想を述べるナナだが、シオンはそれを咎めることなく肯定する。

ナナの言う通り、山脈はとても広かった。

岩山の絶壁は、終わりが見えないほどどこまでも続いていた。また標高もかなり高いようで、連なる山頂の大部分は雲に隠されて見ることができない。全体を通して緑、つまり草木はほとんど見当たらなかった。

ここで実技試験が行われる。

つまり……


 「オレたちはこのクソ広いエリアで、宝探ししなきゃいけねえんだ」


 「ひえぇ……見つけられるかな……」


 「ああ。それも不安だが、問題は……」


 怯えた顔で弱音を吐くナナ。シオンも顔には出さないものの、それなりに緊張はしていた。

4ヶ月に一度のチャンス。

これまで6度逃してしまった、もう後がない機会。


 「……ふぅ。いや、大丈夫だ。大丈夫な、はず……」


 「シオンちゃん?」


 「……あ?」


 そわそわとしているシオン。それに気づいたナナが声をかけたが、シオンは一瞬反応が遅れる。少し疲れているような、こわばった顔。

ナナはその顔を見て、シオンの不安を察知した。


 「顔色悪いよ、大丈夫?」


 「……ああ、なんともねえよ」


 「そう? それならいいんだけど……」


 シオンを気にかけているナナだったが、シオンの言葉を聞いて納得した様子だ。特に話す気にもなれないシオンは、そのまま押し黙って歩き始める。ナナは遅れてそれに続いた。

そして少し歩いたところ、山脈に近づいた辺りで人影を見つける。


 「ああ、集まってるな。行こうぜ」


 「あ、うん。……それにしても」


 ナナはシオンに呼ばれて行こうとするが、ふと立ち止まって振り返る。

後ろには誰もいない。

いつもナナと一緒にいる、彼女がいない。


 「師匠、見つかんないな……」





 「時間になりました」


 冷たい無頓着な声が響く。

集まった30人ほどの参加者に向け、試験官の女性が呼びかけていた。集合時間になったようだ。

大半の者が試験官の言葉に耳を傾けている。


 「ではこれより、実技試験の概要を説明致します」


 「きたぁ……」


 「……」


 ナナとシオンは参加者たちに紛れ、試験官の話を聞いていた。物珍しそうにしているナナに反して、シオンは動かずにジッと耳を澄ましている。


 「まず最初に。今回は、今までとは異なる形式の試験を執り行います」


 「……なに?」


 試験官の言葉に、シオンは明らかに表情を悪くする。今までこんな事はなかったのだと、ナナは見ていてなんとなく分かった。周囲の参加者たちにもざわめきが広がっている。

戸惑うシオンを置いて、試験官は話を進める。


 「とは言っても、大筋の所は変わりません。この『幻楼石』を、試験終了時点でどれほど所持しているか。または、それを集める課程。それぞれを評価対象とします」


 「あれが、宝……」


 試験官が持つ鉱石に、ナナは目を奪われてしまった。

真っ赤に透き通った宝石だ。手のひらサイズのソレは、日の光を反射しているのではない。

宝石自体が発光しているのだ。

赤く輝く幻楼石。


 「キラキラしてる……」


 「何が変わったんだ……?」


 幻楼石に目を奪われているナナと違い、シオンは顔をしかめていた。何度も実技試験に参加しているシオンからすれば、幻楼石は見慣れたものなのだろう。

試験官が説明を続ける。


 「しかし今回は、形式を少し変えて執り行います。『3人1組』です」


 「さんにん?」


 「……ああ、そういう」


 首を傾げているナナ。それに反して、シオンは納得がいった様子だ。参加者の多くも理解した様子だったが、ナナと同様よく分かっていない者もいるようで、ざわめきはまだ収まっていない。

ナナは訳もわからず、とりあえずシオンに尋ねる。


 「どういう事?」


 「要するに、チーム戦って事だな」


 「……わあ、チーム!」


 チーム戦と聞いて、ナナの表情が明るくなる。

チーム戦。つまり、一人ではないということだ。実技試験に不安を残していたナナだったが、それを聞いて少し顔色がよくなった。

仲間がいる。

それだけでナナは安心していた。


 「試験参加者は27人。これを9つ、つまり3人1組に分け、それぞれのチームで試験に望んでいただきます。なお、幻楼石の最終所持数は、チームごとにカウント致します」


 「協力しろと……まあ、妥当っちゃ妥当か」


 試験官の説明に耳を澄ますシオン。

シオンは今までの試験を思い起こしながら、今回の試験内容に納得していた。協調性を見るためには、間違いなくチームのほうがいい。

その横で、ナナがソワソワしていることにシオンは気づいた。


 「どうした?」


 「あ、いや。チーム戦なら、シオンちゃんと一緒がいいなーって。えへへ」


 「そ、そうか」


 笑顔で語るナナに、シオンは顔を赤くして曖昧な返事をする。

こういう正面切って話すのが躊躇われるようなことを、迷いなく言い切ってしまえるのがナナだ。考えなしと思われても仕方ないが、悪い気はしていないシオンだった。

それにシオンからしても、ナナと組めれば都合が良い。


 「……確かに、2人一緒な方が良さそうだ。よく知らん奴とだと、色々やりにくいだろうしな」

 

 「でしょでしょ?」


 照れ隠しなのか、ブツブツと呟いているシオンに、ナナは満面の笑みを浮かべる。

その時再び試験官が話し始めたので、二人は黙って耳を傾けた。


 「それではチームを発表します。これは昨日の測定試験の結果をもとに、それぞれのチームが均等になるように組分けしました」


 「お、きたきた」


 ナナは爛々とした瞳で耳を澄ます。そんな場面ではないのだろうが、ナナは気持ちが高ぶっていた。

ワクワクしていた。


 「まず、第1チーム。リムル・レータリー、ウィンキー・ストロングス、マリー・ブーゲンビリア」


 「ブーゲンビリア?」


 淡々と呼ばれていく名前。その一つに、シオンが驚いた表情を見せる。


 「知ってる人なの?」


 「ああ……クソ、まずいな……」


 尋ねるナナに、シオンは顔をしかめて呻いた。

ナナは不思議に思い、名前を呼ばれて前に出ていく参加者に視線を送る。


 「はーい」「私です」「……」


 男性二人と女性一人。

3人とも大人だ。ナナから見て、特に違和感を覚えるようなことはなかった。シオンが何を危惧しているのか、ナナには分からない。

そしてそれを問いただす間もなく、試験官が発表を続ける。


 「続いて第2チーム。シオン・エティラクシー、ナナ・ラッドワース、オズワルド・ウォールダート」


 「わぁ!」


 「お、マジ?」


 歓喜の声を上げるナナ。本当に同じチームになれるとは思っていなかったようで、シオンも目を丸くして驚いていた。

そんなシオンにナナが飛びつく。


 「やったぁ、一緒だね!」


 「おわ、ちょ、やめ……」


 唐突に抱きつかれ、あたふたとしながら照れているシオン。ナナは嬉しそうに笑っている。


 「おま、みんな見てるって、おいっ」


 「ふふふ、良かったあ」


 シオンは顔を赤くしながら、くっついているナナを引き剥がそうとする。が、一向に離れる気配はない。

するとナナが、まっすぐにシオンを見つめて言う。


 「よろしくね、シオンちゃん!」


 「……ったく、しょうがねえなぁ。……それはそうと、もう一人いるだろ」


 「あ、そうだった!」


 そう言ってナナはシオンから離れると、キョロキョロと辺りを見回す。ナナとシオンの他にもう一人、第2チームに選ばれた者がいるはずだ。


 「よ、お前らだな」


 その時、背後から声がして、ナナはそちらへ振り返る。

そこには一人の男が、手をかざして佇んでいた。


 「あ、もしかして」


 「ああ、俺だよ。第2チームだ」


 「わあ、よろしくお願いします! ナナです!」


 やってきた男に、ナナは敬語で挨拶をする。なぜ敬語なのかと言えば、目の前の男が見るからに大人だからだ。


 「ああ、ナナちゃんね。じゃあ、こっちが」


 「シオンだ、よろしく」


 シオンも片手を上げ、堂々とした態度で挨拶する。相手が大人でも、シオンは敬語を使わなかった。


 「シオンちゃんか。さっき呼ばれてた通り、俺はオズワルドだ。オズワルド・ウォールダート」


 そう言って男は名乗りを上げる。


灰色を基調としたラフな服装。濃灰色の髪。

気怠げな顔にかけられたサングラス。


 「──オズって呼んでくれ。よろしくな」

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