ゆうれい
幽霊になっちゃった。と幼なじみの彼女が言った。
俺は、死んだのだから当然だろうと思った。
けれども彼女は自分が死んだことを理解していなかった。
「なんでこうなっちゃったんだろ」と彼女が言った。
「自分で考えてみろよ」と俺が言った。
「だって、私まだ死んでない。死んでないよね?だって……」
だって……。の後の言葉はなかった。泣くかと思っていたが泣かなかった。
やっぱりまだ分かっていないようだった。
彼女の透けた腕に手を伸ばした。触れた。ひやりとした触感が微かに伝わってきた。
「死んだ」と俺が言った。
「死んでない」と彼女が答えた。
だから俺は、彼女をもう一度、殺した。
包丁でめった刺した。切った。金属バットで殴った。軍手をはめた手で首を絞めた。あちこち骨を折った。幽霊だから血は出なかった。曲がった骨もすぐ元通りになった。殺した。殺した。殺した。痛い、痛いと彼女が悲鳴をあげていた。幽霊だから痛みなんて感じていないだろと思った。段々静かになった。
殺して、殺して、殺した頃、彼女が小さな声で「どうして」と言った。
「分かってなかったから」
と俺が言った。
「どうして殺したの?」
「死んだことが分かるだろ」
「違う。私は最初のことを聞いているの」
覚えていたのかと思った。忘れたのかと思っていた。「分かってたのかよ」と言った。
「分かるよ」と彼女が言った。「だってそこに転がっているもの」
彼女が指差した先には、確かに彼女の死体があった。血塗れでぐちゃぐちゃでよく分からない物体にしか見えなかったけれども。
「だから?」
と乾いた声で俺が聞いた。
「私、何も悪いことしてない」
自分の死体を見つめたまま彼女が言った。
「どうして殺したの」
もう一度彼女が言った。
「殺したかったから」
それ以外に理由なんてない。と俺が言った。
彼女が殺すのにちょうどいいと思っただけで。
今も俺は彼女に馬乗りになって、血塗れの軍手で彼女の細い首を押さえていた。首の骨を折ろうと力を込めていく。
幽霊だから、何度も殺せて良いなと思った。
次は何で殺そうかと考える。楽しかった。
「幽霊になって良かったことがひとつあるの」
もうすぐ折れるだろうという所で彼女が言った。
「呪い殺せるから」
そう言うと彼女は俺の首に手を伸ばした。
ひやりとした触感が喉元に伝わる。頭の芯がぐらっとした。
殺される前に殺してやろうと、一気に力を込めた。彼女の首の骨が折れて、俺の喉元から指が離れた。
それでも折れた骨はすぐに治って、また腕が伸びてくる。
近くにあった包丁を掴んで、首と心臓のあたりを刺した。
彼女の動きが一瞬止まって、またすぐに動き出す。
もう一度刺した。止まってまた動いた。刺す。止まる。動く。刺す。刺す。刺す。
刺して、刺して、刺していると、段々腕が疲れてきた。殺すのも疲れてきて、早く死んでくれと思った。幽霊だから死なないのに。
疲れて腕が持ち上がらなくなった時、彼女の指が俺の首に触れた。
頭がぐらっと揺れたと思うと、彼女と俺の体勢が入れ替わっていた。俺に馬乗りになった彼女が「良いよ。許してあげる」と言った。
「私も、呪い殺せる相手が欲しかったの。だから、呪ってあげる」
彼女の指が俺の首に入ってくる。頭がぐらぐら揺れて、全身から悪寒がした。疲れた体は全く動かなかった。
反対に、幽霊はどれだけ殺されても疲れないらしい。
俺も幽霊になりたいと思った。
幽霊になって、また、殺したい。
体からどんどん体温が奪われていく。もう指の一本も動かせなかった。
視界が四隅から黒ずんでいって、目を開けているのか閉じているのかも分からない。
じわじわ呪い殺されていった。
ごとん、と重い体が抜け落ちた感覚があった。
俺は彼女の背後から呪い殺された俺を見ていた。皮膚が全て黒ずんで、返り血のかかったジャージと軍手と相まって、奇妙な物体に見えた。
彼女は幽霊になった俺に気付いていない。
幽霊の俺の後ろに血塗れの金属バットがあった。集中すると持ち上げることが出来た。
幽霊の彼女は包丁で刺せた。きっとこれも殴れるだろう。
少しずつ近付く。幽霊だから動く音がしない。
そして、バットを振りかぶって……
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