歪み



彼女は人よりとても長生きだ。


はっきりと聞いた事はないけれど、数百年は死なずに生きているらしい。おとぎ話の八百比丘尼みたいだと思う。


彼女からそんな話を聞く前に、僕は彼女を好きになっていた。まだ高校生にもなっていなかった頃だ。


僕は何年も何年も彼女に告白し続けた。ようやくOKが貰えた頃には、僕は大学を卒業していた。


彼女は時々、ほんとはあんまり誰かを好きになりたくないの、と言った。あんまり幸せそうな顔は見せてくれなかった。


私はずっと変わらないから、いつか飽きられてしまうのが怖いの。

彼女がずっと首を縦に振らなかった理由が分かった気がした。彼女はずっと寂しいのかもしれない。


僕はずっと一緒にいるから。飽きないし、何処へも行かないから。不安そうな時、何度でも同じ言葉を伝えるつもりで言った。


その時彼女は、今まで見たどんな彼女よりも美しくわらった。


不意に、視界が歪んだ。


「良かったあ。そう言ってくれると思ってたの。嬉しいな」


彼女のはしゃぐ声がする。やけに大きく聞こえる。嫌な汗が背中を流れる。

目眩がする。起き上がれずに机に突っ伏す。


「なん……で…?なに…?」


「ごめんね。前の人は暴れちゃって大変だったから、ちょっと眠って貰うけど、良いよね。だって、ずっと一緒にいてくれるんだもんね」


もう彼女の姿も見えない。視界が暗転した。




鼻歌が聞こえる。

彼女が歌っている。

今まで聞いた事のない、ずっとずっと楽しそうな声で。


僕はどうなった?


「起きた?心配しないでね。あんまり痛くないから。あ、目隠し取ろうか」


急に視界が明るくなる。

目が、慣れると、その、部屋には、たくさんの、骸骨と、人、の、死体。よく、分からない、器具。本。火葬場で、嗅いだことのある、匂い。


僕もこれからこうなる。

なんで。

何を間違えた。

彼女は最初から歪んでいた?


おとぎ話の八百比丘尼は、寂しさでひとり誰にも見つからずに死んでいった。

彼女、は、寂しくて、一緒にいてくれる人を見つけては、きっとみんな殺してきた。手元に置いてきた。


それでもやっぱり寂しくて、今また僕がこの部屋にいる。穴の空いた骸骨が、伽藍堂の眼で、次はお前だと言っていた。


「ああやっぱり我慢出来ない。みんなみんな死んじゃう。なんでみんな私より歳を取ってしまうんだろう。なんでかな。長生きしたいのにね。みんな。悪い事をしても天罰なんて下らないもの。神様なんていないもの。ああ嬉しいな。みんな一緒にいてくれる。幸せね」


歪む。

彼女が幸せそうに包丁を手に取る。

幸せそうな鼻歌を、歌って、僕に包丁を……


---


また暗転だ。

鼻歌が遠くで聞こえる。

その声は本当に幸せそうで……

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