森殺し

「ギイッ!?」


突然、頭上から覆いかぶさるように落ちてきた影に、ボクサー竜ボクサーも反応した。ほとんどは瞬時に逃げ延びたが、一頭は反応が遅れ、ばんの丸太のような脚の一撃を受けて、木の幹に叩きつけられた。もっとも、ばんの脚に蹴られた時点で肋骨は砕け肺が破裂していたので、木の幹に打ち付けられたのは追い討ちでしかなかったが。


こうして地面に倒れてビクビクと痙攣を始めたボクサー竜ボクサーを、人間に良く似た部分の手、つまり<ヒト蜘蛛アラクネの触角>で拾い上げ、そのまま、ぞぶりと首筋に喰らいついた。その部分だけを見ていると、妙齢の全裸の女性が髪を振り乱し顔も体も血まみれにして獣を貪り食っているようにしか見えないだろう。しかし、何度も言うがその<人間にも見える部分>はヒト蜘蛛アラクネの頭でしかなく、これが普通の食事風景なのだ。


しかも、ボクサー犬ほどの大きさがあるボクサー竜ボクサーを、余すところなく喰らっていくのは、巨体を維持するためには当然なこととして必要なものだった。


なお、改めて言うが、この<人間にも見える部分>には、人間としての臓器は痕跡としては残っているものの、ほぼ機能はしていない。心臓と肺が辛うじて補助的に動作しているだけである。


実はヒト蜘蛛アラクネとしての胴にも心臓があるのだが、そのままでは血圧が高すぎるので、人間にも見える部分の心臓で調節、脳へと血液を送っている。


また、人間にも見える部分の肺はガス交換を行っていて、同時に、ヒト蜘蛛アラクネとしての胴には昆虫と同じく<気門>を備え、胴体部には気管が張り巡らされてそれによってもガス交換を行っている。


しかし同時に、それだけでは巨体を維持できないからか、人間にも見える部分の肺で取り入れた酸素を血液に乗せて全身くまなく送ってもいる。この二重構造によって異様な肉体を維持しているのだろう。


こうして食事を終えると、ばんは、おもむろに木の幹に絡み付いている蔓を歯で噛み千切った。途端に、蔓からはまるでホースのように水が流れ出てくる。


その蔓は、森殺しフォレストバスターと呼ばれる植物で、途轍もなく繁殖が早く、加えて水を大量に溜め込む性質があった。森殺しフォレストバスターはその旺盛な繁殖力で放っておくと木々を次々と絞め殺し枯らしてしまうため、どんどん刈ってやる必要がある。


ゆえに、水を求めた森の生き物は川などの水場に行かずとも森殺しフォレストバスターから水を得られることもあり、こうしてどんどんと刈ってくれるのである。


ばんも、ごくごくと水を飲んだ上で、頭から水を被り、ボクサー竜ボクサーの血を洗い流していく。


これまた、妙齢の全裸の女性が水浴びをしているようにも見えるが、あくまでばん自身は<雄>であることを付け足しておく。


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