4-7


 テーブルの上には大皿の野菜炒めソース味がドカンと一つ。

 お疲れの千夏さんに代わって僕が夕食を作ったのだけど、残念なことに簡単な料理しか作れない。結果、キャベツとニンジンを適当に切って豚肉と一緒に炒めた、味付けはソースオンリーな雑さ極まる料理の完成だ。あとは白いご飯だけ。味噌汁も作ろうと思ったけど、間に合いそうにないので諦めた。手際の悪さが露呈している。

 見るからに簡素な食卓を囲んでの食事。普段と比べて見劣りするラインナップが恥ずかしくて、穴があったらダイビングしたい。


「ゆーとさん、とってもおいしいね!」

「うんうん。よく出来てると思うよ」


 だけど、二人の心温まる感想に涙が出そうになる。

 これからはちゃんと料理の勉強もして、もっと食卓を彩れるようにしよう。


「……そういえば、千夏さんはどうしてスーツアクトレスをするようになったんですか?」


 食事中、ふと気になったので聞いてみた。

 着ぐるみの中に入ってアクションなんて、成人男性でも音を上げるくらいに過酷な仕事だ。何故そんなハードな職場に飛び込んだのか興味があった。


「そうねぇ……きっかけは大分前かしら」


 古い記憶を思い出そうとして、千夏さんの目が天井を仰ぐ。一体どれだけ前のことなんだろうか、キョロキョロ何往復も視線が揺れている。メトロノームみたいだ。


「一番最初は小学生かそれより前か……。小さい頃からヒーローは好きだったんだよねぇ」


 千夏さんは子供時代、悪者を倒すヒーローに憧れていたらしい。それこそ男子に混ざって戦いごっこに明け暮れる、お転婆てんばという言葉がお似合いな男勝りな娘だったそうだ。


「割と本気で悪者を倒そうって目標を持つようになって、体を鍛えるようになって……そのおかげで今でも体が動くんだけど」


 最初はただの憧れだった。でも気付けば憧れが自身の夢になっていて、将来は世の中を正す人になりたいと考えるようになっていた。

 画面の向こうのヒーローのように悪事を許さず、弱き者のために自分が信じる正義を貫こうとしていたのだ。


「だけど現実は厳しくて、一度心が折れちゃった……」


 ふっ――と千夏さんの瞳が一瞬虚ろになる。光のない、曇ったガラスみたいな色だ。

 その話題は思い出したくもないことなのだろう。口元が小刻みに揺れているのが見えた。


「そ、そんな時にね、偶然ヒーローショーを見る機会があったの」


 首を横に小さく振って悪い思い出をかき消して、千夏さんは話を続ける。


「大人になってからなんだけど、何故かショーが気になって立ち止まって見始めて……。遠目で見ていたんだけど、ヒーローの姿に子供達が喜んでいる……そんな光景が今のあたしを作ったんだと思う」


 先程とは一転して、千夏さんの目に星々が宿る。希望に満ちあふれた、純真無垢な梨々花ちゃんそっくりの目だ。


「あたしには世の中の悪をどうにかすることは出来ない。だけど子供達の力になることは出来るかもしれない。そう思ったら力が湧いてきた」

「それがスーツアクトレスを始めたきっかけなんですね」

「ま、仕事は少ないから、書店と掛け持ちで働いているんだけどね」


 肩をすくめて歯を覗かせる千夏さん。ちょっと気恥ずかしそうな、うら若き乙女のようなみずみずしい笑顔だ。

 千夏さんは、やっぱり凄い。

 心が折れるほどの何かがあったのに、立ち直り一児の母として時にヒーローとして、日々奮闘している。

 その姿に、また惚れてしまいそうになる。

 僕のことなんか眼中にないって分かっているのに、この気持ちは止められそうにない。

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