2-2


「ふぅ…………――じゃあ、お風呂入ろっか」

「えー、おいろけこうげき、ぜんぜんきかなかったの~?」

「大きくなったら効くかもね」

「ぶ~っ」


 平常心になれば大丈夫。

 激しくビートを刻んだ心臓の鼓動も、段々と収まってきている。

 過激なことを言ったって、梨々花ちゃんはまだ子供。下ネタを言いたがる男子と大して変わらない。そう思えば振り回されることなんてないんだ。


 でも、一応。

 タオルを腰に巻いて入ろう。





 湯船に入る前に、まずは体を洗わないといけない。

 泥遊び後に水浴び程度はしたらしいけど、梨々花ちゃんの体には細かい土らしき物がこびり付いている。特に首回りや関節の部分は落ちきっていない。このまま湯船に入ったら土が溶け出して、水が汚れてしまう。


「シャワー出すよ」

「うわ~っ、みずジャージャーだ~っ♪」


 レバーを思い切り捻ったので、シャワーヘッドから勢いよく水が噴き出してくる。

 そんな当たり前のことに、梨々花ちゃんはケラケラと楽しそうにしている。


「頭にお湯をかけるから、目をつぶっていてね」

「は~い」


 水が温かくなってきたので、梨々花ちゃんの頭を濡らしていく。ふわふわしていた髪の毛は、流水であっという間に束になる。


「きゃーっ!」

「だ、大丈夫!?」

「うん、だいじょうぶだよー」


 お湯にびっくりしてしまったらしい。

 いきなり甲高かんだかい声で叫ぶから、まずいことをしたかと思ったじゃないか。まったく、心臓に悪い。


「ゆーとさん、はやくあらってー」

「わ、分かってるって」


 それから悪戦苦闘の後、シャンプーと洗顔はなんとか無事終了。そして魔のボディウォッシュの幕開けだ。

 梨々花ちゃんが催促してくる。だけど僕は及び腰、体に触れるのが怖くておっかなびっくりな体勢のままだ。

 それもそのはず。頭や顔以上に触れるのがはばかられるゾーンを洗うのだから。こんなこと、千夏さんからのお願いじゃなかったら、一発でアウトなシチュエーションだ。


「ねぇねぇ、あらってよ~?」

「うぐ……」


 千夏さんからの入れ知恵もあるから、梨々花ちゃんは理解して言っているんだろう。悪戯いたずらっぽい視線からもうなずける。幼児なのに性差を利用してあおるなんて末恐ろしい子だ。


「もしかして、りりかのはだか、しげきつよすぎた?」

「だ、だから、そういうことじゃなくて……」

「ゆーとさんになら、なにされてもへいきだよ?」

「いやいやいや、ダメだって……」


 これ、完全に誘惑だ。

 性的な知識をどこまで仕入れているかは不明だけど、男が好みそうなポイントを的確に突いてくるこの手腕。

 千夏さんの教育の賜物たまものなのか、それとも遺伝なのか。どちらにしろ魔性の女要素が遺憾いかんなく発揮されている。

 これはどう対応するのが正解なのか。そんな手をこまねいている僕を見た梨々花ちゃんは――


「ふん、いいも~ん。りりか、じぶんであらうもんっ」


 ――濡らしたボディタオルを手に、体を洗い始めた。

 ゴシゴシガシガシ、子供らしく雑な洗い方だ。


「あ、あの梨々花ちゃん……」

「いいんだよ、ゆーとさん。はじめてだから、きんちょーしてるんだもんね」

「えぇ……」


 なんか、気を遣われたみたい。

 返答に困る僕のことを気にせずゴシゴシ、どんどん泡まみれになっていく。


「ゆーとさん、ながしてー」

「う、うん」


 全身泡で覆われた梨々花ちゃんに、お湯を優しくかけてあげる。もこもこの泡はあっという間に流れ落ちて、排水溝へと吸い込まれていく。そして汚れ一つない、梨々花ちゃんのすべすべ素肌が現れた。

 見てはいけないと思い、僕は目を背ける。

 当然だ。幼児とはいえ女の子の裸だ、じろじろ見て良いものじゃない。

 なのに――


「うふ~ん❤どう、ゆーとさん?」

「『どう』、じゃないってば……」


 ――梨々花ちゃんは派手に見せびらかそうとしてくる。しかも僕に絡みついてきて、肌を触れ合わせながらだ。


「りりかってぇ、みりょくてき?」

「そ、それは、かわいい……とは思うけど」

「えへへ、やっぱりぃ?じゃあ、はずかしくてもしょーがないよね~」


 どうやら梨々花ちゃんの中では、「僕が恥ずかしがっている」という認識らしい。確かに裸から目を逸らしているし、腰にタオルを巻いて隠しているし。そう思われる要素だらけだった。


「けっこんするときまでに、なれればいいもんね」

「ああ、うん。そ、そうだね……」


 子供が言う「結婚したい」は当てにならない……はずなんだけど、親公認だから微妙なところだ。

 明日までに忘れてくれるなら、いくらでも嘘で取り繕えばいい。だけどこの場合、本当に結婚することになりかねない。しかも僕が一番好きな人からの、最上のお墨付きをもらった状態で。

 だけどきっぱり断れるほどの勇気を、僕は持っていない。

 それに、子供の夢を壊すみたいで気が引ける。

 このままズルズルと、梨々花ちゃんが大きくなるのを待つしかないのだろうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る