第30話 バックファイア効果
「なんの確証もなく人を疑い、機械が出した客観的な答えにも文句を言う。その文句も、ただの憶測でしかない。あなたは、自分が間違えていたとは少しも考えないんですか?」
「ち、ちが……だって、Fランク、だから」
「Fランクだから、なんですか? Fランクはみんな、アイテムが手に入れられないと思っているんですか?」
「え、Fランクは……」
「そもそも、冒険者協会が許認可を与えたお店には、冒険者への公平、平等が義務づけられます。Fランクだからと疑うのは、明らかな差別行為であり、委任元である冒険者協会への背信行為です」
「ち、ちが……」
春日の冷たい声に気圧されたか、先ほどまで威勢が良かった店員の口から、なかなか言葉が出て来ない。
「Fランクは、弱い、から……ダンジョンアイテムを、手に入れられるはずが……」
「そうですよ。Fランクはとても弱いんです。けれど、それでも頑張ってる冒険者がいるんです。死にそうになりながらも、魔物を戦っているんです」
その時、ちらりと春日が横目でソラを見た。
ふと、ソラは自分が春日に救われた日のことを思い出した。
ボロボロになって、死にそうだったソラは、命からがらダンジョンの外に出た。その時に、辻ヒールをかけてくれたのが、春日だった。
その時のことを言っているのかは、わからない。
だが、彼女の言葉はソラの荒んだ心を幾分和らげた。
「冒険者が命がけで頑張って手に入れた武器を、あなたはなんの根拠もなく、Fランクの冒険者だからというだけで疑った」
「そ、それは……」
「自分が間違えているとは少しも考えず、ただの憶測を絶対に正しいと思い込んで、天水さんを糾弾した。結果、間違えているにも拘わらずそれを認めようとしない」
一拍おいて、春日は突き放すように言った。
「最低の人間はあなたです」
その一言で、店員がヒステリックを起こした。叫んで暴れて、ついには警備に強制退去させられるに至った。
結局、ソラは杖の持ち主であることは証明されたが、なんとも後味の悪い結末だ。
(知性なき正義って怖い……)
自分が正しいと思い込んだ人間は、いくら反論されても決して揺るがない。
逆に、反論されればされるほど、自分が正しいとより強く思い込んでしまう。
知性よりも、感情が優先されるのだ。
こういった人間につける薬はない。
たとえ逮捕されようとも、最後まで不当だと言い張り続けるだろう。先ほどの彼女のように。
「あの人、またなにかしでかすだろうな」
「大丈夫ですよ。そうならないように手を打ちますから」
「えっ、どうするんですか?」
「うふふ。それは秘密です」
春日が何をするのか気になったが、尋ねたところで答えてくれそうにない。
質問を諦め、ソラは気持ちを切り替える。
最低の出来事はあったが、春日のおかげで無事乗り越えられた。
それもこれも、やはり冒険者ランクが低いことが問題だ。
なるべくこのランクを、一日でも早く上げてしまいたい。
「春日さんがいてくれて助かりました」
「いえいえー。……というか、天水くんも、濡れ衣なら濡れ衣って強く言った方がいいよ? ああいう手合いは、引けば引くだけ押してくるから」
「そう、ですね……」
「もっと、自信を持って。天水くん、強い人なんだから!」
「自信、か」
そんなもの、ソラの中にはどこにもない。
そもそも他人に誇れるものを持った試しがなかったのだ。
これまでずっとFランクだったし、強さだって中途半端だ。
加藤と安田にさんざん酷く扱われても、やり返すことすら出来なかった。
そんな情けない自分に、自信なんて持てるはずがない。
(でも――)
そこで耳を塞いだら、また元通りだ。
同じ場所を、ぐるぐる回り続けてしまう。
ソラは春日を信じて、負の意識を切り替える。
たしかに、彼女の言う通りだ。
自信がないから、つけ込まれるのだ。
(自信を持とう)
自分が春日の言うような強い人かどうかはわからない。
だが、確証などなくてもいいのだ。
自分を認められる人は自分しかいないのだから、まずは、自分を認めるところから始めればいい。
二度と奪われないように。
二度と、邪魔されないように。
自分を、意識を――変えるのだ!!
「ごめんね、余計なお世話だったかな」
「そんなことありません! 今日は本当に、ありがとうございました!」
「なんもだよー」
「なにかお返しを――」
「それはもう貰ってるよ」
そう言うと、春日は腰に下げたツールポシェットから、五センチほどの魔石を取り出した。
それは先日、テンポラリーダンジョンを攻略した際にボスから手に入れた魔石だ。
これまでの辻ヒールのお返しにと、春日に渡したものだ。
「さすがに、辻ヒールにこの魔石はちょっと多いから。はみ出した分だと思って」
「でも……」
もし春日がいなければ、どうなっていたか……。
魔石一つ分の値段では少し安すぎる気がした。
なにか自分に返せるものはあるだろうか?
頭を悩ませていたその時だった。
「じゃあ今度、い……一緒に食事に行きませんか?」
ソラは、春日からお誘いを受けたのだった。
○
冒険者協会本部から出て、ソラはEランクのダンジョンを周回した。
本当ならばDランクのダンジョンに行きたかったのだが、いま行けば重大なミスを起こしそうだった。
(なんで春日さんが僕を……?)
頭が混乱して、落ち着かない。
とにかく落ち着くために、ソラは格下の魔物と連戦した。
やっと気持ちが落ち着いた頃には、空が夕焼け色に染まっていた。
「……なんだか、無為な時間を過ごした気がする」
春日に誘われたことで、動揺しすぎた。
ソラは女性経験が決して豊かではない。
女性に誘われる免疫がないのだ。
その上、春日は美人だ。
そんな女性に誘われたソラが、動揺するのも無理はない。
「まあ、単に食事に誘われたってだけだからな」
妙に意識してしまったが、相手は春日だ。
ソラが思うような、特別な意図はないはずだ。
「本当なら、今日Dランクのダンジョンに行く予定だったんだけど、なんやかんやあって駄目になっちゃったな……」
格上のダンジョンで、試してみたいことが山ほどあった。
だが、今は夕方だ。
狩りを初めて六時間くらい経っただろうか。
格上のダンジョンで無理は厳禁だ。
なので、ソラは本来の予定を諦め、家路に就いた。
その途中、ふと【気配察知】が多くの冒険者の気配を捉えた。
「……スタンピードか?」
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