第8話 玲奈とデート。

 一人の少女が窓の外を見て、はらりと涙を流す。

「玲奈。どうしたんだ?」

「え!」

 驚きの声で振り返る玲奈。

 俺を認めると玲奈が驚いたように呟く。

「はんま、くん……?」

 声は震え、目からは雫が落ちる。

「半間くん!」

 駆け寄り、俺に抱きついてくる玲奈。

 これで治療になっているのか?

 不安に思いながら、玲奈の頭を撫でて落ち着かせる。

「私、どうにかなっちゃったのかな……?」

「そんなことない。玲奈はおかしくなんかない。いつだって素直で、真面目で、しっかり者の玲奈じゃないか」

 頭を胸にうずめながら玲奈は首を振る。

「変な夢を見るの。私が死んじゃう夢。怖かった。戦争していて、お互いに撃ち合うの」

「――っ!? それって!」

 間違いない。前回の記憶だ。それが今も残っている。

 ということは俺と同じくスペシャルDNAという奴を持っているのか?

「心当たりあるの? 半間くん」

「い、いや、そんなに怖い思いをしていたなんて、考えていなかったから驚いた」

「そう。そうなの。どうしてもその映像が頭から離れないの」

「そうか。怖かったな。よしよし」

 なついたネコをあやすように、頭をなで回す。

「少しは落ち着いたか?」

「う、うん。でもどうしてここに?」

「え、えっと……」

 この世界での記憶を探ると、俺は引っ越していなくなったことになっていた。

「玲奈が泣いているのを知って、慌てて駆けつけたんだ」

「そ、そうなの。ありがと」

 どうにかごまかせたか。しかし世界を作っているのは外の奴らだ。

 こんな設定にしたのは誰だ? 一度戻り、張り倒したい。

 でもどうやって戻るんだ。

『二度と戻れなくなるかもしれない』

 そう言った通り、俺はこの世界にとどまるのか? いちゃついてこいとも言われた。

 いちゃつけば戻れるのか? 試してみるしかない。

「もう放課後だろ。付き合ってくれよ」

「う、うん。いいの……?」

「ああ。俺はいいぞ」

「えへへへ……」

 小さく笑う玲奈。

 これは確定か。やはり理彩、玲奈、葵は俺のことが好きなんだ。

 しかしいつからだ? 聴くわけにもいかないよな。俺の気持ちが定まってもいないのに。


 俺と玲奈は荷物をまとめると、学校をあとにした。

 やはり裸部利高校だった。

 どうやらわかりやすく学校の設定を利用したらしい。外にいる彼らがやってくれたのだろう。

 しかしなぜだ。

 なぜ俺と一緒にいることが玲奈を救うことになるんだ?

 好きな人と一緒にいるからか?

 そんなんで死を乗り越えられるのか?


 ――この頃の俺はまだ分かっていなかった。好きになるという力に。


 学校の帰り、駅で隣町にあるショッピングモールへ移動する。電車では十分ほどだった。駅に隣接する形でショッピングモール『青羽あおば』がある。

 そこでは色々なものが売っているが、俺はノープランで提案した手前、行きたい場所もない。

 ただ玲奈の方はというと、違うようで目を輝かせている。

「玲奈のみたいところから回ろうか?」

 そう提案したのは女の子と回るといい場所が思いつかなかったからだ。

「うん。ありがと」

 気を遣ってくれていると勘違いした玲奈は小さく笑い、青羽にとてとてと歩き出す。

 そんな玲奈を守るようにそばを歩く俺。

 なんだかんだ言って玲奈も女の子だ。洋服に興味があるらしい。

「なにか買うか?」

「うん。でも、どれがいいかは半間くんが決めてほしいの」

「俺?」

「うん!」

 俺では役不足だと思うが、それでもいいのだろうか?

「分かった」

 とりあえず頷いておく。

 俺はファッションセンスに関しては少々自信がある。まあ、変なのは選ばないよな。

 いくつか衣服を選ぶと、更衣室に入る玲奈。

 衣擦れの音が外にいる俺にも伝わってくる。

 このカーテン一枚の向こうに下着姿になった玲奈がいる。そう考えると、顔が熱くなる。考えないようかぶりを振り、雑念を捨てる。

 こんなよこしまな気持ちで彼女と向き合ってはいけない。そんな気がした。

 しかし、遅いな。

 時計を見る。

 いや、まだ二分くらいしか経っていないのか。

 どうやら俺はカップ麺も我慢できないらしい……。

「終わったの~」

 伸びやかな声音に、俺はそちらに向き直る。

 しゃーっとカーテンが開き、そこには玲奈の姿があった。

 水色のワンピース。腰のあたりにはリボンがあり、それでウエストを押さえている。だからか、女らしい体つきが如実に現れている。全身にあしらわれているフリルも素敵だ。

「い、いいんじゃないか?」

 素直になれない俺は、そんな言葉しかでてこなかった。

「そ、そうかな。もうちょっと派手な方がいいの?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

 困惑する俺。

 こんな経験は今までしたことがない。

「じゃあ、次のに着替えるね」

 そう言ってまたカーテンで仕切られる。

 この先は異世界なのだ。

 そうだ、異世界だ。女の子だけが入ることの許される更衣室。その異世界っぷりは今、経験したばかりだ。

 制服もいいが、確かにワンピース姿も可愛かった。

 このまま萌え死にするんじゃないか、ってな具合ぐあいだ。

「こ、今度はどうかな?」

 またもカーテンが開かれると、そこには大人の女がいた。

 黒いTシャツに、紺に近い青色のロングスカート。

 大人の女の人が着ていそうな服装に目を奪われる。

「なかなか、じゃないか」

 またも素直になれない俺はそう歯切れ悪く言う。

「そっか。これはまだ早いか……。たははは」

 力なく笑う玲奈。

「ち、違う。俺が素直になれないだけだ。すまん」

 いちゃいちゃしてこいと言われた以上、俺は彼女を褒めるべきなのだ。それは頭では分かっている。だが、心が追いつかないのだ。

 この前までただの同級生と思ってきた相手がこんなに恋心を寄せているとは、思いもしなかったのだ。

「むむむ。じゃあ、今度こそ、素直に言ってね!」

 そう言って再びカーテンをひき、異空間に消える玲奈。

 このカーテンの向こう側は異空間だ。

 俺が入ることの許されない神聖な場所だ。俺がドギマギしてしまうのは、異世界への憧れか。

 それにしても長い。

 時計を見る。

「いやまだ一分も経っていないじゃないか」

 自分で呟き、セルフ突っ込みを入れる。

「半間くん、なにか言った?」

「いやなんでもない」

「……。もしかしてだけど、衣擦れの音、聞こえているの?」

「え。そ、そんなことないぞ」

 俺が頬を掻こうと腕を上げる。その衣擦れが彼女にも伝わったのか、

「信じられない! もう帰る!」

「い、いや待て! 落ち着け。今は制服に着替えるんだ」

 恥じらいからか、玲奈は慌てた様子が聞こえてくる。

「俺はその辺をぶらついてくるから、な?」

「……分かったの」

 どうにか玲奈を落ち着けると俺は一人、洋服店を出る。

 案内板を見つけ、駆け寄る。

 なにかいいところはないか? と目を皿にして案内板を見る。

 このままでは心臓が持たない。

「はっ! これだ!」

 俺が思いつく限り、最高のデートができそうな場所を見つけた。

「あれ? 博人ひろと、何をしているのだ?」

 このボーイッシュな感じ。

「理彩!? ここで何をしているんだよ!」

「それはこっちの台詞。一人で何しているのさ?」

「え。いや、それは……」

 玲奈と一緒に来ているなんて言えない。どうする俺?

「はは~んっ。きっと家にいるのが辛くなったのだな。いいぞ、わたしと一緒に来い」

「い、いや、そういうわけにはいかない!」

「お待たせなの~!」

 と後ろから聞き慣れた声が届く。

 玲奈だ。

 片手には紙袋がぶら下げてある。

「え。れ、玲奈……?」

「あ、あれ? 理彩さん?」

「まいったな、こりゃ」

 二人が出会うとは思いもしなかった。

 ちゃんと設定してくれよ。

「「どういうことかな?」」

 二人の目がギラギラとしている。

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