次元の穴

「じゃあ、行くわよ」


 ユッコは俺をエストの街の外に連れて行く。


 エストの街から10分ほど歩いたところに飛行船が停まっていて中から少女が現れた。


「この子は他の国に召喚された元勇者のナデシコさん。今回の買い出し計画の協力者で日本人よ」


 ここでも転生者に会うとわな。


 それにしても、なんというか少女の見た目がヤバい。


 どう見てもドラゴンも跨いで逃げると言われているドラゴンマターグさんの魔法剣士のコスプレだ。


 そして第一声が見た目以上にヤバかった。


「私はナデシコ! 既にみさおを捧げると決めた彼が居るので、ナンパやプロポーズはお断りします!」


「さすがに初対面の相手にその自己紹介はねぇだろ」


 思わず声に出して突っ込んでしまった。


「いや、あの、小田野さんからタナピーさんは日本では陰キャだったけど異世界へ来てからはっちゃけて女の子を二人も囲っている、ラノベ主人公も顔負けのハーレム野郎だと聞いていたので、軽いジャブの意味を込めつつ警戒する意思表示をしておきました」


 超必殺技クラスのダメージを叩きだすジャブとか聞いたことがねぇ。


「ナデシコさん、時間が無いのでタナピーの無駄な突っ込みはスルーして先に進んでください」


「そうでしたね」


 ユッコの失礼な言葉を聞いたナデシコは机の上に大きな紙を広げた。


 どうやら今回の買い出しに関する作戦をイラスト化した物らしい。


 ちなみに幼稚園児とタメを張れるレベルで絵心がとぼしい。


「日本への移動は私の必殺魔法『ディスティーション』を使い次元の壁に大穴ゲートを開けて実現します」


「その移動って俺でも簡単に出来るものなのか? こういっちゃなんだけど運動神経にはあまり自身が無いんだ」


「大丈夫です。コンビニのおにぎりの包装を剥く並に簡単です」


 そんなに簡単なのかよ。


「本来は私が日本に行って買い出しをすれば済む話なのですが、日本では魔力が存在しない世界なのでこちらに帰還するのに苦労します」


 さっきユッコと話した時にそんなことを言ってたな。


「そこで、時間を決めてこちらの世界から次元の壁に再び穴を開けますので、その穴を使って帰ってきてください。ちなみに次元の穴の出現場所は行きの時と同じ場所で時間は8時間後です。そして穴の維持時間は50秒です」


「8時間しか滞在できないのか。それにしてはこの買い出しリストの量は多過ぎないか?」


 するとユッコは勝ち誇ったような表情を見せる。


「タナピーが無理というなら、今回は初めての買い出しってこともあるので全部買えなくても許してあげるわ」


 人に頼みごとをする割には結構な上から目線だったりする。


 なにその挑戦的な態度は?


 いいじゃねーか、やってやろうじゃねーか!


 絶対全部買ってきてやるから、泣いて土下座して感謝しろ。


 俺がそんな感じで息巻いていると、ユッコは俺に見たことのある小瓶を握らせる。


「向こうに着いたらすぐにこれを飲みなさい。MPが切れたらアイテムボックスの中身をぶちまけるわよ」


「これは……」


 ファイトを一発や二発で数えるドリンク剤だった。


「そう、リポンDよ。これを飲めば日本であってもMPの回復が出来るの」


 リポンDすげーな。


 疲れた時によくお世話になっていたがそんな効果まであったのかよ。


 でも、これを飲めばわざわざ俺が行かなくてもナデシコが行けば済む話なんじゃないの?


「まあ、そうなんですけど……私ではダメな理由が二つあります。一つ目の理由はアイテムボックススキルです。私は商人じゃないのでアイテムボックスを持っていません。なので運搬量は極僅かな量に限られてしまい運び屋としては失格です」


 アイテムボックスが無いとなると持って帰ってこれるのはせいぜい大き目なスーツケース一つぐらいの荷物が限界だな。


 俺ぐらいの収納容量のアイテムボックスを持っていないと異世界行商は厳しいと思う。


 無限に近い容量のアイテムボックス持ちの俺なら戦車だって持ってこれる。


 戦車がどこで売ってるのか知らんけど。


「もう一つの理由はMP消費ゼロのスキルを持っていないことです。リポンDはMPを回復することが出来ますがその回復量は極微量。リポンDを飲んだ回復量でディスティーションを使うとなると、リポンDを30本も飲まないといけません。あれを30本も飲んだ時は目がぐるぐる回って動悸が収まらなくて死ぬかと思いました」


 そんなに飲んだのかよ。


 良い子はマネしないでねってレベルの話じゃないぞ。


 エナドリ飲み過ぎてぶっ倒れたって話をよく聞くけど、それより強力なドリンク剤を30本も飲むって一歩間違えたら死んでてもおかしくないレベルの話だ。


 MP消費ゼロのスキル持ちの俺を運び屋に雇った理由がなんとなくわかってきた。


 ナデシコは『黄昏』がどうのこうのっていう祝詞のりとみたいなすげー長い厨二病全開のオリジナル魔法の詠唱し始め、俺が日本へと帰る準備をし始めた。


 ユッコが俺に手提げの紙袋を渡してくる。


「これは?」


「向こうでの買い付け資金5000万円と、クラスメイトの家族への手紙よ」


 手紙は近況報告だったり、お別れの言葉だったり色々らしい。


 クラスメイトたちにいい思い出はないが、短いとはいえ同じ釜の飯を食った仲だ。


 それぐらいのことはしてやろう。


 俺をバカにし腐った糞野郎どもよ、俺を神とあがめて感謝するがいい。


「ディスティーション!」


 魔法の詠唱が終わると、魔力が凝縮し魔法が発動。


 文字通り空間にヒビが入り次元に大穴が開いた。


 目の前には星の煌めく夜空のようなものが見え、真っ暗なトンネルのような物の先に見慣れた学校が見える。


 いい思い出は全くないのになぜか懐かしさで目頭が潤む。


「さあ、行ってくるのよ!」


 ユッコが思いっきり背中を叩いてきた。


「おう、行ってくるわ!」


「待って!」


 ナデシコだった。


「私の買い出しもお願い……。本の買い物なんだけど、いいかな?」


「任せとけ」


「ありがとう」


 俺はナデシコからメモを渡されると、星々の煌めく中に浮かぶ学校へと乗り込んだ。

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