第5話 北西を駆け抜ける

 鬼熊との死闘から約3ヶ月後――――

 雅司がこの世界にきてからは27ヶ月が過ぎた日の夜、神妙な面持ちでガジンが雅司を見下ろす。


「雅司、貴様にはこれをくれてやろう」


「いきなりなんだよ? 今度は一体何させる気なんだ?」


 ガジンが雅司に紺色の数珠を手渡す。

 雅司は今までの経験から、どうせろくでもない物だろうと判断して、警戒をしながら指で掴む。

 そんな雅司を見たガジンは呆れた顔をしながら雅司に話し掛ける。


「まったく何を警戒しておるのやら……それは無衣魘魎流殺法むいえんりょうりゅうさっぽうの免許皆伝の証として儂から貴様への贈り物だ。とりあえず腕に着けてみろ」


 ガジンは気恥ずかしそうに顔を背けて言う。

 その様子を見た雅司はガジンに対して「ジジイでもそんな顔すんだな」と驚きつつも、ガジンからのまともなプレゼントだったことが純粋に嬉しくて顔に笑みがこぼれる。

 警戒心を無くしたことで雅司は数珠を腕に装着し、喜んだ様子でガジンに見せる。


「ありがとなジジイ。大事にするよ」


「フッ、そうか。それから、それは魔導具になっておる。試しに発動させてみろ。使い方は念じるだけでいい」


 ガジンから数珠が魔導具であることを告げられた雅司はガジンに言われた通りに魔導具を発動する。

 数珠型の魔導具を発動させると数珠が消え、代わりに両腕に手の甲と手首だけを守るような手甲が装着され、服も赤い布に黒のラインが入った道着に変わる。

 雅司が自身の様相の変化に驚いているとガジンから説明が入る。


「その手甲は指を自由に使える為にあえて手指が剥き出しになっておる。そして胴着は多少の防刃・防魔の効果がある。ちなみに壊れても数珠に戻して時間をおけば修復もされる」


「……すげぇな。ちなみに防魔はわかんねぇけど防刃っていうのはどのぐらいなんだ」


「そう場面はないが、ガラスに飛び込んで突き破ったときに服が傷つかない程度かのう。あまり大したことはないゆえに過信するでないぞ。あと、注意点として胴着が破れた状態で元の服に戻しても破れた箇所はそのまま元の服に反映されるからな」


「無いに等しい訳か……裸でもこれ着れんの? 服なんて他に持ってないから破れんのは困るんだけど……」


「変なところを気にしよるのう……答えは可能だ。あとは……そう役立つことはないが手甲だけを脱着することも可能だが譲渡はできん。外そうと思えば消えるだけだ。」


 ガジンの説明を聞き「他にないか?」と言われたが雅司は手甲をさすりながら考えるが特に思い浮かばなかったため、「ない」と返事を返して説明が終わる。


「もうわかっておるとは思うが明日はこの島を出て行く。儂が前を走るのを貴様はそれを装着して離れず付いてくるだけでよい」


「ああ、わかった。ついにか……」


 長かったと、これまでの日々を思いだし拳を強く握りしめて色々な想いを噛み締める。





 翌朝、いつもと同じく朝の型稽古を始めて身体が温まったところでいつもとは違う装いでガジンと向き合う。


 両者は互いの様子を見ると頷き合って、北西に向けて駆け出す。

 前を物凄いスピードで森を駆けていくガジンを必死に食らい付いていく雅司。

 すると、雅司の耳に「ヒョーヒョー」という鳴き声が入ると蒼い線が目の前を過ぎていき木に当たると凄まじい爆発音と共に木が折れ炎上する。


ぬえいかずちか厄介な……儂は先に奴を仕留めるから先に行け! 雅司、当たるなよ」


 そう言うと一瞬でガジンが消えると、蒼白い光と爆発音がそこかしこから響き渡り、激しい戦闘が開始されたのがわかった。

 雅司は戦闘の余波でいかずちが飛んでくるのを避けながら、北西に向けて走る。


 しばらく走っていると手甲に奇妙な霜が付いているのに気付く。


(周りの道や木は何ともないのに、どうして俺の手甲に霜が? ジジイは先に行けと言ったがヤバイ気配がしやがる……)


 嫌な予感がして先を進むのは危険と判断した雅司は周囲を見渡すと木陰の中に隠れて二本角の白い鬼がこちらに向けて何かをしているのに気付いた。

 雅司と目が合うと急速に冷気が強くなり霜が氷柱となって襲ってくる――――――が、流転丸るてんがんで相殺し、逆に雅司は白鬼に襲い掛かろうとする。


「てめぇ覚悟しやがれ!……ッ!?」


 冷気とは違った寒さを覚えた雅司はなかば反射的に横に跳ぶ――――――と、背後から何かが降ってきて雅司がいたところの地面が爆ぜる。


「あっぶねぇ……うぉっ!? キモッ!!」


 雅司が自身に襲い掛かってきた者の正体を確認すると余りの気味の悪さに思わず言葉がでた。


 怪物の風貌は雄鹿のような立派な角に鋭い牙を持つ狼の口、茶色の腐った毛皮に浮き彫りになる骨とゴリラのように太い腕からは鋭い爪が生えて、カンガルーのような二本の脚で立ち腐敗臭が漂う。


 雅司を挟むような位置取りをする二体の妖魔に対して雅司は油断なく構える。

 同士討ちを嫌ったのか白鬼が霜で太い氷棒を造り、それを握って殴りかかってくる。

 それを避けて反撃を試みるが背後から怪物の爪が襲い掛かり背中が裂かれる。

 すぐさま離れようとするが素早く移動した白鬼に氷棒で殴りつけられ、身体が飛ばされ大木に叩きつけられる。

 追い討ちを掛けようとした怪物が雅司に噛み付こうと口を開いたところに猛蹴撃もうしゅうげきで蹴り上げ、口を閉じさせる。

 蹴られたことでたたらを踏んだ怪物に殺塵拳せつじんけんを打ち込む――――――白鬼が氷棒を割込ませ怪物の窮地を救う。

 怪物を仕留め切れなかった雅司は仕切り直しをするべく二体の妖魔と離れて距離を取る。


(はぁ、はぁ……クソッ! 攻めきれねぇ! 流石にこのレベルの相手に二対一は正直、がわりぃ……逃げることも出来ねぇし、どうすればいい?)


 窮地に立たされる雅司は焦燥に駆られる。


(いや……何も倒す必要はねぇんだ……ジジイが来るまで凌げ――――)


 突如、辺りが暗くなり、雅司たちの周りに影ができる。

 急な変化に空を見上げると――――――


「なっ……!?」


 驚愕する雅司の目に巨大なドラゴンが映る。

 圧倒的な巨体と威圧感で空中を浮遊している様は、まるで地上の者達の争いを馬鹿にして眺めているようだった。


 やがてドラゴンが唸り声をあげるとともに口の中から光が集まりだす。


「ウソだろ……」


 連想されるのは物語などによくあるドラゴンのブレスだ。

 これはマズイと感じた雅司はその場から離れようとするが二体の妖魔がそれを許さない。


(チッ……こいつら馬鹿か! あれは自分たちもろとも薙ぎ払う気だぞ!)


 溜めが終わり強力なブレスが放たれる――


「クソッたれがぁぁ! 流転丸るてんがん! 流転丸るてんがん! 流転丸るてんがん!」


 自身に襲い掛かる光をどうにか相殺、もしくは軌道をずらそうと流転丸るてんがんをいくつも放つが、どれも光に飲み込まれていく。


「うおぉぉぉお!! 殺塵拳せつじんけん!!」


 差し迫る光に破れかぶれになった雅司が赤光の拳をぶつける。

 雄叫びを上げながら強力なちからの押し合いに耐えるが、やがてその身も光に飲み込まれ地面が爆ぜる――――――





 光が収束すると爆ぜた地にボロボロになって立つ雅司の姿が現れた。


(はぁ、はぁ……クッ! 立てねぇ……)

 

 崩れ落ちるように膝をついた雅司は周囲を確認すると二体の妖魔は未だ健在で上空からはドラゴンが再び、ブレスを放とうと口内に光を集めていた。


「はぁ、はぁ……さす……がに……次は耐えらんねぇぞ……」


 白鬼が雅司をその場から離れようとするのを阻止しようとしてるのか雅司の身体が霜に包まれていく。

 最早、動けなくなった雅司はドラゴンが光を集めているのをただ眺めているだけになった。

 光が集束する。ブレスが放たれる最後の一瞬まで雅司は睨めつける。

 最後の溜めを終えたドラゴンが集束した光のブレスを放つ――――――




 集束した光が消える。ドラゴンの首がずれ、地上に墜ちる。


鬼手吭斬きしゅこうざん


 ドラゴンが墜ちた地にガジンが現れ、怪物の首を斬り落とす。

 突然の乱入者に驚いた白鬼は鳥に変化へんげし、その場から逃げだそうとするが、ガジンの赤い手刀により、その身を半分に斬り裂かれ地上に落ちていく。


「すまん。遅くなった。生きておるな?」


 ガジンが霊丹薬れいたんやくを取り出しながら雅司に近づく。


「遅かったじゃねぇかジジイ……んぐっ……ハー……死ぬとこだったぞ?」


 ガジンから霊丹薬れいたんやくを受け取った雅司は霊丹薬れいたんやくを飲み終えると自身の身体に付いた霜を振り払いながら立ち上がる。


「ふむ、辺りを滅するのに少々、手間取ってな。本来なら休憩を挟みたいところだが……強力な妖魔が辺りにいない今を逃すのは惜しい。そういう訳だから先を急ぐぞ」


 そう言うとガジンが先に行くのを促してから北西に向けて駆け出した。

 三体の妖魔に襲われて疲労困憊の雅司だったが最初とは違った周囲の静寂さに気付き「しょうがねぇか……」と呟き、ガジンの背を追う。


 道中、獣やら怪鳥といった妖魔が多少、襲ってきたがガジンが全て薙ぎ払って進む。

 やがて森を抜け、光が射し込む開けた場所にでた。白浜だ。視線の先には海が映る。


「ハハハッ……やっと着いたぁ……」


 白浜に足を踏み入れると雅司は気が緩んだのか笑いながら白浜に膝をつき海を見つめる。


 眼前の海は雅司が今まで見たこともないほど綺麗だった。

 心地よい風。穏やかな波。海底まで見えるほど澄んでいる海水。遠くを見渡せば海獣が怪鳥に喰らいついて海に引きずり込む風景。


「……おい、ジジイ」


「なんだ?」


「どうやって、この島から脱出するんだ? まさか泳ぐわけじゃねぇよな?」


 怪鳥を引きずり込んだ海獣がさらに大きな怪鳥のくちばしに貫かれる。

 その怪鳥が足で海獣を掴み飛び去っていくのを眺めながら雅司はガジンに問う。


「貴様の泳ぎごときでは海の妖魔達の餌になるだけだ。儂が貴様を担いで泳いでもよいが、儂の泳ぎに貴様がしがみついてられんだろうしな」


 ここにきて、速く泳ぐ修行や海中戦の修行が始まってもおかしくはないと考えていた雅司だったがガジンの答えに雅司は息を吐いて安心した顔になる。


「そうだよな。それじゃあ、どうすんだ? ジジイの事だから海でもいて進むのか?」


「そんな手間の掛かる面倒くさいことはせん。ただ、貴様を担いで海を走ればいいだけの事だ」


「は? 何言っ……」


 理解できてない雅司が何かを言い終わる前にガジンはまるで米俵を肩で持つようにして雅司を担ぐと、海上を


 雅司が「どうやって走ってんだよ……化け物め」と呟けば、ガジンが「氣の操作を極めれば貴様もいずれ出来るようになる」と答えたのを聞いて、雅司は「何でも【氣】という言葉で済ますんじゃねぇよ」と呆れながら思う。


海上の異変を察知したのか海中に潜んでいた妖魔が次々に顔を出すが、そのことごくを置き去りにして駆け抜ける。

やがて前方に巨大な妖魔が進路を阻むように海中から現れる。


猛蹴螺旋抜もうしゅうらせんぬきぃ!」


「ぬぉぉ!? やめろー! 目が回る!」


身体を回転させながら叫ぶ雅司を抱えながら飛び蹴りを放ち妖魔を貫いて風穴を開ける。

最早、阻む者がいなくなったことでガジンは「ガハハハッ」と豪快に笑いながら海上を駆けていく。

この広い海で若者を担いだ老人を止められる者はなく。

ガジン達は無事に目的地のある大陸まで走り去っていく。






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