呪われてしまった異世界転生者だけど、今日も元気に生きています

文字満

第一部 土筆とスタンビート編

第1話 とある商会にて

 土筆つくしは持参した金貨をテーブルの上に積み重ねると、崩さないようテーブル中央へ押し出した。


 向かい側に腰掛けているこの店の主は引き出しから小さな魔道具を取り出すと、積み上げられた金貨の正面に置き魔力を注入する。


 つたない技術で鋳造ちゅうぞうされたこの世界の硬貨はお世辞にも高品質であるとは言い難く、練達の商人でさえも一見にて真贋しんがんを見極める事は難しい。

 そこでこの世界の人々は、硬貨の真贋しんがんを確かめる解決策として魔法の力を利用しているのである。


 そのように書いてしまうと、如何にも大量の偽造硬貨が流通して紛れ込んでいるのかと思わせてしまうのだが、現実には日常生活で偽造硬貨を手にする機会は殆ど無い。


 何故なら、先代の国王が国を挙げて偽造硬貨対策に乗り出し、偽造硬貨の真贋しんがんを見極める魔道具を全ての国民に対して配布したからである。

 その効果は絶大だったらしく、瞬く間に偽造硬貨が排除されていったと言われている。


 現在でも大きな商いを取り扱う商会や各ギルドなどでは偽造硬貨が紛れ込んでないか確認が行われているが、実際に偽造硬貨が発見されることは極めて稀である。


 テーブルの上に置かれた魔道具は魔力に反応すると、取り付けられた透明な玉の上に魔方陣を浮かび上がらせ周囲を照らし始める。

 瞬きにして数回分の時を経て光が収束すると、先ほどまで透明だった玉の色が緑色に染まっていく。


「有り難う御座います。金貨三百五十枚、確かに確認させて頂きました」


 魔道具に取り付けられた玉の色を確認したこの店の主は、円熟した深い営業スマイルを作って見せる。

 

「契約を司る女神ミシエラ様にご報告する前に、所有条件をもう一度確認させて頂きます」


 そう告げると、この店の主は1枚の羊皮紙を取り出し土筆に差し出す。

 その羊皮紙には所有者へ課せられる義務が綴られていた。

 

土筆つくし様のご所望された物件には所有者義務が課せられております。これらの義務を果たされなかった場合、多額の罰金が科せられるのでご注意下さい」


 土筆つくしが購入する物件は、この街全体を囲っている防壁の南外側の土地一帯で、街の東西を流れる川の合流によって陸の孤島となっている場所である。

 事の始まりは、この地を開拓する際に拠点として利用されていた場所なのだが、開拓の終了と共に放棄され、今では廃材が放置されたままの荒れ地になっている。


 開拓者の為に建てられた宿舎は数百人規模の労働者が滞在でき、十数年前までは騎士団の合宿や野外訓練などで利用されていたのだが、戦線から遠ざかると共に使用頻度も減り、今では管理費だけがかさむ負の遺産と成り果ててしまっていたのである。


「義務内容をご理解頂き、ご承諾頂けるのであれば、こちらに署名をお願いします」


 羊皮紙に綴られた内容を一通り読み上げたこの店の主は、土筆つくしに向かってインクの付いた羽根のペンを差し出した。


 土筆つくしはそれを受け取ると、この世界の文字で署名欄と書かれた場所の隣に署名をする。


 この店の主は署名を確認すると、背後に控えていた女性従業員に手で合図を送り、テーブルの上に積まれた金貨を店の奥へ運ばせる。


「ありがとうございます。それでは、この度のご契約締結を女神ミシエラ様の元にご報告させて頂きます」


 この店の主は引き出しから、見るからに上質な羊皮紙を一枚取り出すと、手慣れた仕草でペンを走らせる。

 特別なインクを使用しているのか、書かれた文字は微かに光を帯びている。

 土筆つくしの署名が入った羊皮紙と、この店の主がペンを走らせた上質な羊皮紙がテーブルの中央に並べられると、テーブル一面に魔方陣が浮かび上がる。


「お待たせ致しました。それでは、この度のお取引を女神ミシエラ様へご報告させて頂きます」


 この店の主はおもむろに立ち上がると、魔方陣に向かって両手を伸ばし契約締結の為のスキルを発動させる。

 薄っすらとした魔力がこの店の主から魔方陣へと流れ込み、その魔力は魔方陣を介して二枚の羊皮紙へと流れ込んで行く。

 やがて魔力で満たされた二枚の羊皮紙は風に踊る落ち葉のように舞い上がると、強烈な閃光を伴いながら雲散霧消うんさんむしょうする。


 一部始終を見届けたこの店の主は、額に溢れ出す汗をハンカチで拭き取りながら、本日二度目となる円熟した深い営業スマイルを作って見せた。


「お疲れさまでした。契約は女神ミシエラ様の元へ届けられ、無事に承認されました」


 契約が無事に終了するのを見計らっていたのか、絶妙なタイミングで先ほどの女性従業員がトレーを携えてやって来る。

 この店の主は女性従業員の持つトレーに並べられた品物を一つ一つ丁寧に取り出すと、説明を交えながらテーブルの上に置いていく。


「こちらが南門通用口の鍵になりまして、こちらが宿舎の鍵になります」


 鍵以外にも契約書の控えや所有者義務が明記された羊皮紙など様々な物がテーブルの上に並べられていく。


「こちらの書類で以上になります。どうぞお収め下さい」


 この店の主と女性従業員が見守る中、土筆はテーブルに並べられた品物を持参した鞄の中に入れていく。


「この度は私共モストン商会をご指名頂きありがとうございました。土筆つくし様の未来に女神様の御祝福あらんことをお祈り申し上げます」


 この店の主がこの世界での慣例となっているお別れの口上を述べ深々とお辞儀をすると、

店内全ての従業員が各々行っていた作業を止めてお辞儀をする。

 土筆つくしは挨拶をして軽く頭を下げると、従業員一同に見送られながら商会を後にするのだった。

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