第35話 長良、襲来

 白いダウンに白いイヤーマフに白いマフラーにと、まるで小さなホッキョクグマのような格好をした長良が政木の目の前に立っていた。


「その靴、誰のですか? どう見ても先輩が履くための靴じゃないですよねそもそも前に来た時こんな靴なかったですよね。誰かいるんですか誰か”女”がいるんですか先輩隠してたんですか私に隠して女と付き合って……」

「な、長良落ち着け。早口すぎて聞き取れない」

「落ち着いていられるわけないでしょ! 先輩に女がいたなんて……」


 包丁の1つや2つでも持っていそうな構えの長良を見て、政木は頭の中でいくつか選択肢を思い浮かべた。


 1つは誤魔化して水都みずとを隠す方法。不信感を与えてしまうだろうが、次から彼女を家に入れなければ長良もじきに忘れるだろう。


 2つ目は正直に言ってしまうこと。水都は事務所の後輩でやましい関係はないということを伝える。ただこれは何故女子高生を家に入れたのかという疑問が残ってしまうだろう。


 どちらもメリットデメリットがある。どちらにしたものか……。


「有馬? その女だれ?」


 ――1つ目の選択肢は勝手に自然消滅した。


「えっ、私よりも若い……? ってか先輩、この人誰です?」

「有馬、その女だれなの。私以外に女と絡みがあるなんて聞いてないんだけど?」


 2人の女性から詰め寄られる政木。


 もはや逃げ場がないと悟った彼は、正直に打ち明けることを決めた。


「あのな、実はな…………」


 水都には長良のことを、長良には水都のことを。


 1時間ほどそれぞれに質問攻めをされながら、政木は丁寧に説明をすることになった。





 そしてそれから1時間後。


 仁王立ちをする長良と、その彼女の前に正座をして座る政木と水都という構図が出来上がっていた。


「全く、2人とも」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「くっ……」


 政木は反省してますという意志を体全体で表現している。

 水都の方は……どちらかといえば長良に敵わないという感じか。どちらの方が序列が上なのか、1時間でたっぷり思い知らされた様子だ。完全に三下ムーブを決め込んでいる。


「そもそも先輩」

「はい」

「社長の娘だからって、女子高生と家で2人きりになったらダメって分からないですか?」

「分かります、ダメです」

「そもそも社長が来たのなら社長も家に招けばよかったじゃないですか」

「おっしゃる通り……いや、でも水都さんが」

「言い訳しない」

「はい」


 政木も長良の言うことが間違っていないことはよく分かっていたので、反論の余地もない。どう言い訳しても女子高生を家に連れ込んだ自分が悪い。


「そしてみずとさん……だっけ?」

「なに」

「もうすぐ高校を卒業するんでしょ? 何でもやっていいと思うのは、もう終わりにしてくださいよ。あなたもそろそろ大人になるんですから」

「でも」

「たとえば配達員の人が2人の関係を怪しんで警察に通報した場合、困るのは先輩なんです。二度とこういうことはしないでください」

「……はい」


 水都としても長良の言っていることはよくわかる。感情ではなく理詰めで説教をされているため、納得はしやすかった。

 だが彼女はまだ高校生だからか、素直に聞き入れることは難しかった。


 そんな彼女に、長良は優しくアドバイスするでも感情的にアドバイスをするでもなく、論理的にアドバイスをした。


「もし先輩の家に来たかったらマネージャーさんと一緒に来るか、社長さんと一緒に来ればいいんです。ともかく2人きりで一緒になるのはやめてください」

「…………ごめんなさい」

「分かればいいんです分かれば」


 そして真面目に水都を注意する長良を見て、政木は新鮮な気持ちになった。長良の年齢になると社会ではどこにいても年下扱いされるからか、こうして年上らしく指導をしている姿は見る機会がなかった。


「でも悪いのは先輩ですからね。先輩はしっかり反省してください」

「あ、はい」


 そうして長良に促されるままに、水都は家に帰った。

 このまま家にいても分が悪いと思ったのかもしれない。もしかしたら、長良に対して大津と同じような苦手意識を持ったのかもしれないが。


 そして水都がいなくなったあと、急に2人は空腹を感じたため早めの晩御飯になった。


「はぁ……なんで私がこんな叱る立場にならなきゃいけないんですか……」


 そして年下で初対面の水都がいなくなって、長良はようやく肩の力を抜いた。


「でもかっこよかったよ。長良もこういう話をするんだなって思った」

「先輩はアホみたいな感想を言ってるんじゃなくてしっかり反省してください。あとグラタン美味しいです」

「その節は誠に申し訳ありませんでした」

「この埋め合わせは大みそかにお願いしますね~はむはむ」

「腕によりをかけて料理します」


 なんだかんだ長良には頭が上がらない政木だった。




 ―――――――――――――――――




 政木が長良に怒られているその頃。


「聞いて聞いてみかん」

「なに?」

「面白いもの手に入れたの!」

「なに?」

「聞いててね。んっんっ。――――マジでこの前やばくてさ~公園でピー(自主規制)とピー(自主規制)がピー(自主規制)しててさぁ、それにわたしもピー(自主規制)してみようと思ったらピー(自主規制)されて、仕方ないから家でピー(自主規制)することにしたの――――って感じで、どう?」

「どうもなにも最悪な気分です」

「ええ、せっかく自主規制をできるようになったのになぁ。配信で使ってみようと思うんだけど」

「今更……」

「みかんのピー(自主規制)」

「ピー(自主規制)す」

「みかんも使えたの⁉」


 頭の悪い会話がなされていたのだった…………。

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