第27話 マネージャーと②
秋葉原に着いた2人がまず目指したのは、電気街を10分くらい歩いたところにあるPCパーツ店だ。
当初の目的通り、ゲーム画面やパソコン画面の録画に必要なキャプチャーボードと呼ばれる部品を探すためだ。
だったが。
「あっ、新しいマウス出たんだ……おおっ、すごい‼ あ、あっちには、え、メモリ32GBでこの値段⁉ すごい、欲しい……いやいや、前に買ったばかりだから…………」
この店に訪れた途端、キャラが豹変した大津。
ちなみに政木は離れたところで、わが子を見守るように温かい目で見ている。好きなんだなぁ、とほほ笑んでいた。
「いらっしゃいませ。なにかお探しでしょうか?」
そんな政木に女性の店員が声をかける。
「いえ、そんなに急いでないので大丈夫です」
「そうでしたか。失礼しました」
「彼女の『仕事』を奪ってもいけませんから」
女性店員にお礼を言うと、ちょうど入れ替わりに大津が戻ってきた。
すごく恥ずかしそうな顔で。
「…………すみません、私としたことがちょっと目を惹かれるものがあったのでついい……」
「だ、大丈夫ですよ! すごく楽しそうだったので、止めるのも邪魔するのも悪いかなと思って見てました」
「政木さんの時間を奪ってしまいました。すみません……」
「いえ。それより、もう少し見てきたかったら僕もまだのんびりしてますけど……?」
「もう満足したのでさっさと済ませてしまいましょう。ええ、本当にすみませんでした」
満足したと言いながら、視線はちらちらと目的とは別のPC部品に向いている。
冷静な顔を装っているが、まだまだ物足りないらしい。
「……大津さん」
「どうしましたか?」
「僕もちょっとパソコンについて知っておきたいので、あっちの棚にある部品についても教えてもらっていいですか?」
「…………しょうがないですね。本来はすぐに仕事に戻りたいところなんですが、政木さんが言うなら仕方ありません。ええ、仕方ない人ですね!」
そう言いながら鼻歌交じりにスキップしている大津に、政木は苦笑いをするしかなかった。
政木たちが店を出たのは午後5時過ぎ。
冬も迫ったこの時期になると、これくらいの時刻には辺りが暗くなってくる。夕日が2人の間に差し込んできた。
「すみません、こんな遅くまで……」
「いえ、大丈夫ですよ‼ 僕もすごく勉強になったので」
「……気を遣っていただき恐縮です」
店を出た大津は平謝りをした。ぺこぺこと何度も頭を下げるので、周りに変な目で見られたほどだ。
政木としても楽しい時間だったので、まったく文句もなかったのだが。謝らないと彼女の真面目な性格が許さなかったのだろう。
「そうだ、どこかご飯でも食べていきますか? そろそろお腹も空いてきましたよね?」
政木がお腹を押さえて大津にそう提案する。
「いえ、自分は…………」
「遠慮しないでください! ほら、あそことか美味しそうじゃないですか?」
このまま大津だけ迷惑をかけたという事実が残れば、彼女も自分を責めてしまう。
だから政木も強引に誘う必要があった。
「お金は自分が出すので! 遠慮しないで行きましょう」
「……そうですね。分かりました」
大津もそれ以上はねばることが出来ず、政木の提案に従った。
2人が入ったのは、小さなハンバーグ屋。こげ茶色の木材を使った、暗い雰囲気の店だ。
だが暖色系の照明が使われていて、どことなく落ち着く。
政木たちはその店の奥にある2人用のテーブルに座った。
「メニューは1枚ですね。一緒に見ましょう。あっ、これ美味しそうじゃないですか?」
「そっ、そうですね」
政木の呼びかけに対し、大津は舌をかみ切りそうな勢いで返事をした。
政木に流されるままに席に着いたのまでは良かった。
だけど、いま2人で体を向かい合わせに寄せ合っている状況。
(……でででで、デートじゃないですか‼)
しかも付き合いたての恋人たちのデートじゃない。
そこまで高級ではない食事店に来るカップルというのは、大体が付き合って何年も経ったカップルである。
意識し始めたら、もう遅かった。
動揺してまともに政木の顔を見られない。
「僕これにします……大津さんはどれにします?」
「お、同じもので…………っ!」
「分かりました。店員さん、すみませーん! これ2つください」
会話の流れが全部それ。
もはやカップル通り越して夫婦。お父さんお母さん。
(なんでついてきてしまったんだろう……?)
しかも悪いことに、それを意識しているのは大津だけである。
政木は気にした様子がなく仕事仲間とやって来たという認識しかない。少し様子を覗いてみると「?」という顔でキョトンとされた。
(かわいい)
大津は無意識に上がってしまいそうな口角を、死ぬ気で食い止める。
頭の中で配信をしている政木を思い浮かべ、そして5万円の赤スパを送り込んで落ち着く。
「ふぅ……」
「どうしたんですか、大津さん?」
「政木さんいいですか。こういうところに女の人を誘ってはいけませんよ」
「ど、どうしてですか⁉」
「秘密です、秘密。ええ秘密ですから……」
そのあとずっと政木が「僕が何かやらかしてしまった……?」と反省しているのを見て、大津の胸が少しだけちくりと痛んだ。
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