閑話:最後の冒険10
「ゴアアァァ……ッ」
片腕を失い、激しく失血したからと言って、牛頭大鬼は戦意喪失したりはしない。
「……」
カインは無言で剣を構えなおす。追撃をしなかったのは、相手の闘争本能がけた違いだという事を知っているからだ。
もし二撃目を入れようものなら、即座に反応されて斧で頭を割られていただろう。
今の俺には牛頭大鬼を倒すだけの切り札がある。加速をカインに使用して、高速で相手の急所を破壊するだけだ。だが、俺はその選択を躊躇する。
このダンジョンはかなり大きい。この牛頭大鬼を倒したところで、まだ居る可能性があるのだ。
先程の攻防で加速を使わなかったのも、それによるものだ。一人の欠員が出ている状況で「いるかもしれない」を警戒しないのは、愚の骨頂。常に先を見据えて――
「おい、加速」
「っ……」
カインは短くそう呟く。つまり、加速を使って牛頭大鬼を倒すという事だ。
こういう時のこいつは、絶対に意見を曲げない。
そして、カインはなんだかんだ言って首の皮一枚という所で生き抜く選択を今までずっとしてきていた。
信じるしかない。今加速を使っても切り抜けられる可能性を。そしてもう一匹牛頭大鬼が居る前提でその後を考えろ。
「加速っ」
俺の逡巡は何秒だったろうか。牛頭大鬼が隻腕で斧を振り上げた瞬間、俺はカインに支援魔法を使った。
「ゴッ――」
振りかぶった姿勢のまま、黒い角を持つ頭が地面に落ちる。その後一瞬遅れて、赤黒い鮮血を間欠泉のように吹き出しながら体が倒れる。
「よし、大物は――」
「ニル兄、ちょっとこっちヤバいかもっす!」
倒した。と勝利を確信した瞬間、アンジェ達の方がにわかに騒がしくなる。
視線を向けると、今まで見た事の無い物量で魔物たちが襲い掛かってきており、アンジェの雄叫びでも注意を引き続けられなくなっていた。
「すまない、すぐ行く――カイン! 行くぞ!」
「指示してんじゃねえよ」
言いつつ、カインは地面を蹴って魔物の群れへ突進する。俺もそれに続きつつ、初級魔法を放って援護する。防壁と加速の連続使用で発生したクールタイムの影響と魔力の大量消費で、中級以上の魔法を撃つことができなくなっていた。
「援護助かるわ、物量が多すぎてもう限界……」
アンジェが雄叫びで取りこぼした小鬼を射貫きつつサーシャが口を開く、矢筒も随分と軽くなっていそうだった。
「おらぁっ!! 死ねっ!!!」
「回復っ!」
叫び声と共にカインは小鬼を数匹まとめて両断する。俺はその隙間を縫ってアンジェに回復魔法をかける。
「ニル兄助かるっす!! これで――」
「ギャアアアッ!!」
「グギャギャギャッ!?」
アンジェの傷が回復したところで、はるか先方にいる小鬼が騒ぎ出し、腕や頭部がバラバラになって飛び散っていく。
「な、なんすかアレ!?」
「これはちょっと死ねるかもね……」
「マジかよ……」
最悪だ。
俺の魔力も尽きかけだ。だが、魔力回復の霊薬は懐に忍ばせてある。だが、矢の残量は? カインの体力は?
全員が満身創痍に近い状況で、視線の先には牛頭の巨大な魔物が鼻息荒く突進してきていた。
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