第7話 終のエルフ2

 森の奥へ進めば進むほど、ここを取り囲む異常さが露わになってくる。


 小動物の気配すら少なくなっていき、代わりに進行方向に異様な威圧感を放つ気配がじっと息をひそめている。まるですぐそこの暗がりから襲い掛かってきそうな、ひりつくような感覚だ。


「……クソッ、嫌な気配がしやがる」


 さっきまで意気揚々と歩いていたカインも、周囲の明らかにおかしい雰囲気に気圧されていた。


「引き返してもいいぞ、これだけ異様な雰囲気だ。絶対に俺たちの手に余る。報告だけでも依頼達成になるだろう」


 そう、今言った方法が長生きする冒険者の判断であり、優等生的な判断だ。しかし、カインはもちろん違う。


「それじゃあカッコ悪いじゃねえか、俺は絶対に引き返さねえからな」


 安全よりも面子を大事にする。そんな判断は確実に寿命を削る。現に俺たちはそれをして何度も死にかけてきた。


「分かった。もう少し注意深く進もう」


 だが、死にかけてきたという事は、死んではいないという事だ。彼は本当に死にそうな場合の引き際は理解している。俺はそういう意味で、カインに対して信頼を置いていた。


 森の中心部へ進むにつれ、微かではあるが獣の息遣いが聞こえてくる。湿り気を帯び、身体の芯を震わせるような音は、俺たちの意思を挫くように襲い掛かってくる。


「ちっ……ダメだ。これ以上は死――」

「止まりなさい」


 カインが撤退を提案しようとしたところで、頭上から声が掛かった。


「これ以上先は危険よ、三十年は近づかないで」


 声がした方向を見ても、木の枝が絡み合っているだけのように見える。


 しかし、そこには人がいた。その声の主が地面に降り立つと、そこには耳の長い女性が弓を片手に立っていた。


「三十年って……そんなに待っていられないぞ。俺たちはこの森の異常を調査しに来たんだ」

「だったら、すぐに帰りなさい。人間の手に負える者じゃないわ」


 人間の手、という言葉まで言われて、俺は理解する。彼女はエルフだ。初めて会ったが、意外なほど人間に近い。エルキ共和国の北方にある蛮族地帯――獣人と呼ばれる全身体毛に覆われた人間と比べれば、人間と見分けがつかない。違いと言えば少し耳がとがっているくらいだろうか。


「ちなみに、何がいるんだ?」

「双頭狼(オルトロス)」


――双頭狼

 その名の通り、二つの頭を持つ大型の魔物だ。等級は三頭狼(ケルベロス)の金等級より劣る銀等級であるものの、それは三頭狼が持つ火属性攻撃が無いからというだけで、その獰猛さと危険性は引けを取らない。


「じゃあお前は何とか出来るのかよ!?」


 カインが声を張り上げる。双頭狼の威圧感と、エルフを前にした畏怖によって縮み上がりそうな体をなんとか奮い立たせているようだ。


「私一人なら……疲労と毒で弱らせつつ、ゆっくりと殺すの、時間はかかるけれど、確実で安全よ」


 恐らく、遠くで聞こえる息遣いは、疲労と毒で弱った物だろう。それでもこれほどの威圧感があるという事は、俺達ではどうやっても手に余る相手だった。


「……カイン、戻ろう」

「ニール! 俺は一人でも行くぞ!」

「意地になるな! 俺たちが戦える相手じゃないだろ!」


 カインは無鉄砲だが馬鹿ではない。引き際が分からなくなっているだけだ。それならば、俺が無理やりに連れて行けばいい。


「今ここで死ぬか、この先強くなってリベンジできるか、だ。どっちを選ぶべきか、分かるだろ」

「……はぁ、分かったよ」


 とにかくカインは納得してくれた。俺はエルフの彼女に振り向いて、礼を述べる。


「忠告ありがとう。戻って俺はギルドに報告する。討伐隊が組まれるだろうから三十年もかからないと思うぞ」

「あら、じゃあ期待してるわね」


「それと……俺はニールで、こっちはカイン。エルフと会ったのは初めてなんだ。良ければ名前を教えてくれないか」


 随分暢気なことではあるが、エルフと会った記念が欲しいと思って、そんなことを口走ってしまった。


「アレキサンダーよ、ニール」


 エルフは少し驚いたような顔を見せて、笑ったように見えた。

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