閑話:第三の罪源3
セラの回復魔法のおかげで、何とか日没までに到着することができた。
「巡礼の旅をする二人組、そのつもりで行動してください」
オース皇国とはいえ、国境付近ともなると枢機卿の名前は知っていても、顔は知らないという人間ばかりだ。
「あ……ああ、分かった」
セラはともかく、自分まで身分を隠す理由はすぐに思いつかなかったが、宿代わりに街の教会を使わせてもらう時になって、ようやく思い至った。
ここで自分の名前を知られてしまえば、聖都にまで話が届き、枢機卿が何をしているのか、という説教と共に引き戻されてしまう。それに、聖女候補であるセラも聖都へ逆戻りさせられることになるだろう。
幸いなことに教会はそれなりに大きな建物で、私たち以外にも数人の巡礼者が宿泊しており、各々に狭いながらも個室が与えられていた。
「ふぅ……」
濡れたタオルで顔や体を拭くと、垢や砂ぼこりで真っ黒になってしまった。こんな経験は初めてだったが、私の中にはある種の充足感のような物が芽生え始めていた。
彼女――セラが巡礼の旅に固執する理由を知るため、同行することになった今回の旅だが、確かに聖都からでは見えない世界がそこには広がっていた。
魔物除けの結界頼りの危険な旅、そして屋根などない自らの足で歩くしかない道程、枢機卿という身分もなく、周囲に世話をする人のいない環境。
ほんの少し前まで私は、人と財によって守られた温室で、絵空事のような世界平和と人類繫栄を願い、そして聖都を訪れることができる「限られた弱者」に施しを与えて満足していた。
だが、それは虚構であると、すぐに気付く事になった。
温室の外には渇き、ひび割れた土地が広がり、そこで暮らす人間はみな自分の事で精一杯、いや、自分の事すらままならない人間すらいるのだ。それらを全て救うなど、あの温室で祈るだけではできるはずもない。
「ハヴェル?」
「っ……セラ、なんですか」
己の無力さに歯噛みしていると、ドアの向こうで静かに私を呼ぶ声が聞こえた。
「いえ、夕飯の準備ができたそうです。食堂へ向かいましょう」
それだけ伝えると、セラの気配は扉の前から無くなった。私はすぐに身なりを整えて食堂へ向かい、パンとスープを受け取ると、セラの近くへ腰かけた。
「……」
お互いに何も話さず、黙々とパンとスープを食べる。今まで食べてきたものよりも、数段劣る品質の物だったが、不思議とおいしく感じた。
「正直なところ、驚きました」
「ん?」
食事も七割ほど終わったところで、セラはおもむろに口を開いた。
「聖都から離れた翌日には、逃げ帰るものだと思っていましたので」
私は苦笑する。
確かに、そのあたりの意識と現実の乖離は一番つらかった。だが、それでもついていけたのは、セラの見ていた景色を知りたいと思えたからだ。
「私も聖都から離れて、驚きの連続だよ。だが、それが君から見える世界の姿なのだろう?」
「……」
セラは驚いたような、感心したような表情を浮かべて、その後に言葉をつづけた。
「ええ、そうです。いつか枢機卿として聖都に戻るときには、他の人にもこの姿を伝えてください」
私は深く頷き、スープに口をつける。薄い味付けの小さな野菜たちを、しっかりと味わうように噛みしめた。
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