第16話 出発準備

 馬車が隊列を組み、複数人の聖職者が魔物除けの結界を貼る様は、なかなかの壮観だった。


「こりゃ、俺たちは一緒に行けないかね?」

「申し訳ないっす……」


 魔物除けの結界は、魔物が嫌うある種の波長を出す効果の他にも、範囲内に魔物が侵入した際にも感知できるようになっている。


 と、いうことは、昨日みたいなゴタゴタが起きる可能性もあるわけで、隊列に加わるのは難しいかもしれなかった。


「ガロア神父なら、そこら辺も抜け目なく考えてくれてるもんだと思ったけど」

「あ、それはアタシが混血だって黙ってたのが悪いんで、責めないで欲しいっす」


 重大な事実を言わない理由はいくつかある。後ろめたい場合や、秘匿すべき場合、その中でも厄介なのが、それが当人にとって重要ではない場合だ。


「ニル兄とかサシャ姉と一緒に居ると、混血だから何? って感じになっちゃうんすよねえ」


 まあ確かに、エルフが身近にいる環境では、混血なんてある種の個性みたいなものだ。


「まあなんにせよ、ちょっと話してくるわ」


 アンジェに待つように言って、俺は出発準備を進める隊列の中へわけ入っていく。

 あちこちで馬のハミを調整したり、荷物を詰め込んでいるのが見えた。これに同行できるとなると、一年前の強行軍に比べれば、はるかに楽な旅路になりそうだと感じる。


「すまない、部隊長の馬車はここで合ってるか?」

「ああ、そうだ――っておめえ!」


「うげ」


 馬車の近くで話をしている。身なりの整った男に声をかけると、嫌な顔がみえた。


「……モーガンか、俺の連れをここに同行させたい。結界のアラートを切れ」

「はぁ? 頭沸いてんのか? 無理に決まってんだろ。ていうかお前、俺だって分かった瞬間変な声出し――」

「無理か、じゃあ聖女様直々に許可をもらってくる」


 淡々と言って踵を返すと、モーガンは慌てて回りこんできた。


「ちょ、ちょっと待て! 俺達には聖女様を無事に教皇庁までお連れしなければならない使命がある! 一人の為に警備に穴をあけるなんてできん! ましてや穢れ血なんかに――」

「ああ、その言葉そのまま伝えてやるから安心しろ」

「えっ、ちょっ、ま、待てっ、待てぇっ!!」


 冷静に考えれば、モーガンの言うことには道理が通っているのだが、仲間を穢れ血だなんだと言われて、そのまま引き下がるのはなんか無性に腹が立つ。


 そういうわけで、俺は聖女様――イリスのいるひときわ豪華な馬車へと歩いていく。


 ……こういう無理やりな事をするのは、昔はカインの役目だったな。

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