第57話 魔眼:サリエル4

「っ……とと」


 雷鎚の影響で、アンジェの耳にはひどい耳鳴りが残っている。それは近くに居た魔物全員も同じで、聴覚が潰されたという事は、雄叫びによって魔物の指向性を操作できなくなるという事だった。


「まてっ!!」


 自分の声すらまともに聞こえない中、注目を稼いでしまったモニカを守るべく、アンジェは盾を担いで駆ける。


 鈍重ではあるものの、体格差は明らかだ。大鬼が一歩で進む距離を、アンジェは二歩で進まなくてはならない。


 結果思ったように差は縮まらず、近距離防御手段の無いモニカに迫ってしまう。


「サシャ姉っ!! カバーお願いっす!!」


 あと一歩で追い越して引き留めることができる。その位置まで来て、アンジェは声を上げる。


「グゥオァァッ!?」


 遠距離から雑魚の掃討をしていたサーシャが、数本の矢を大鬼の膝に集中させる。

 たまらず大鬼は膝をつき、その場にしゃがみこむ。


「もらったああああっ!!!」


 アンジェは大鬼に追いつき、位置の低くなった頭部へ向けて、盾を振り下ろす。


「ゴアァァッ!!」


――盾殴打(シールドスミス)

 騎士職が持つ数少ない攻撃スキルで、攻撃対象の少なさと、ディレイの大きさから使うタイミングが限られるが、その分威力はあらゆる攻撃スキルの中で最高水準を誇っている。


「ギッ……」

「ゲギャッ、ギャギャギャッ……?」


 鈍く骨の砕ける音が響き、大鬼の頭が潰されると、周囲の魔物たちの雰囲気が変わる。


 それは自分たちが狩る側、あるいは兵士であるという自認から、狩られる側という自認に変わった瞬間だった。


 大鬼の頭部から盾を引きはがし、アンジェはその怯えた魔物たちに威嚇しつつ、ガロアに声を掛ける。


「ガロおじ、回復魔法たのむっす。右耳の聴力が回復しないんで、鼓膜逝ったかもしれないっす」

「あ、ああ……」


 呆然としていたガロアだったが、その声で我に返ったように、回復属性の魔法を発動する。


 緑色に発光する粒子が、アンジェの身体を包み、傷と疲労を癒していく。その光が収まると、アンジェは頭を振って右耳の違和感がない事を確認した。


「これ以上の掃討は深追いになりそうね、態勢を整えてニールの後を追いましょう」


 戦意を失って逃げ始めた魔物を、樹の上から掃討していたサーシャが戻ってくると、ガロアは彼女にも回復を掛けた。怪我もなく、疲労を回復させるのみだったが、それでも回復しないよりはマシだった。


 モニカは魔力回復の霊薬を飲むと、全員が完調となる。


「よっし、じゃあニル兄の加勢に向かいましょう!」


 それを確認してから、アンジェは元気よくこぶしを突き上げた。

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