第39話 会議中のエレン

「貴方には期待しておきましょう。良き領主となることを」


 リドリー委員長は、最後にそう締めくくって会議ホールへ歩いていく。その背中が十分遠くなったところで、俺はようやく肩の力を抜いた。


「視線だけで殺せそうだな……」

「ふふ、ニールもそう思いますか」


 思わず口から漏れた言葉に、エレンは笑みを零す。


「さあ、私達も向かいましょう。人を待たせるのは気分のいい物ではありませんわ」


 彼女の言葉に従って、俺は会議ホールへと足を踏み入れた。そこには多くの領主や有力な商人など、様々な人々が会議が始まるまでの談笑を楽しんでいた。


 ホール内の席順は、基本的には実際の影響力をそのまま映している。


 すり鉢を半分に割ったような会議場は、中心へ向かうほど影響力が強く、外周ほど立場が弱い。俺たちが座ったのは中心の、やや外周寄りだ。


 また、胸のコサージュの色でも大体の席順は分かるようになっている。


 中心部には委員長や議長といった、会議を進めるための青色。それを囲むように赤色があり、領土や経済規模順に領主が座る。それのさらに外周には、エルキ共和国を拠点とする商人連合。彼らは黄色のコサージュを付けている。


 ちなみに白のコサージュは従者を表すのと同時に「発言権無し」の意味でもあり、それらは全体に散らばるように存在していた。


 ちなみに「基本的に」中心へ向かうほど影響力がある。と言ったのは、高額納税者である大商人の一部が、外周に近い領主より発言権がある。というわけだ。


 まあ、その、金には勝てないって事だな。建前として赤と黄色はどうしようもない差があるものの、実際はそうではないのだ。


「……」


 俺が辺りを見回していると、エレンがつま先で小突いてきた。領主の従者として、みっともないことは止めてくれ。そういう事らしい。


 俺が居住まいを正したところで、議長が片手を挙げる。それが開始の合図だった。


「セドリック・リドリー君」


 その場にいる全員が談笑をやめ、視線を集中させる。その先にはリドリー委員長が立っていた。


「今回、開会のあいさつを務めさせていただき、誠に光栄に思います。まずは――」


 定例会合では、青のコサージュを付けた人が持ち回りで開会のあいさつを行うことになっている。今回は治安委員長の順番だったようだ。


「――以上で、開会のあいさつに代えさせていただきます」


 彼が話し終えると、議長が議題を読み上げ、担当の議員がそれについて話していく。誰一人私語をすることなく、滞りなく会合は進んでいった。


 正直なところ、俺には分からない部分も多々あったが、エレンが年齢的に若いというのもあり、侮られがちだという空気はなんとなく感じていた。


「ああ、エレン殿にはこのような話、尚早でしたな」

「三年前、貴方のお父上は立派でしたなぁ」

「やはり若いだけあって、勢いの強い主張をなさる」


 何と言われても、彼女は表情を崩さず、言うべきことはちゃんと言っているように感じた。


 しかし、これらの言葉を言われるたび、エレンの額に青筋が立っていたのを俺は知っている。領主の仕事は大変だな……

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