第8話
小狐丸を握る手に、知らず知らずのうちに力の入る
「焦んなや……彩葉。とりあえず……まだやで?」
その言葉に無言で頷く彩葉は、手に入っていた力をすっと抜いた。しかし、掌がじっとりと汗ばんでいる。
特に強い妖魔ではない。
どちらかと言うと幾度となく討伐してきた妖魔達よりも弱いと言えるかもしれない。
このレベルの妖魔なら彩葉が出張らずとも良いと思われる程であった。
しかし何故、姉である
彩葉の実力を甘く見ていたのか?
否……それはないと思われる。
稽古でも実践においても、彩葉は万葉よりも年下ながらなんとかついていけているのである。
「お母さん……なんで死んじゃったの?」
妖魔へと近づいていく少女。妖魔は変わらず具現化した場所に留まっている。
そして、少女が妖魔へと触れた。
普段なら生きた人間が討伐隊以外で妖魔に触れる事などありえない。しかも、妖魔自身も少女から触れられているのに関わらず襲うことすらしない。
本当の母娘なのだろう。
死に別れた母娘なのだろう。
穏やかな表情の妖魔。
以前、見かけたあの山姥か鬼女のような姿ではなく、どう見ても初めて見た時と同じ普通の三十代の女性である。
そっと少女を包み込むように抱き寄せる妖魔の腕の中で泣きじゃくる少女。
こんな所でしか母親と会えない事が寂しくて、そして、悲しくてしょうがないのだろう。
「お母さん……一緒にお家に帰ろ?お父さんも待ってるから」
その言葉に寂しそうに笑う妖魔。
妖魔にも表情があるのか……
彩葉は初めて知った。確かに、妖魔も元を辿れば人である。
この母親も、一人娘を残し死んでしまった事への思いから妖魔へとなってしまったのであろう。
「鴉丸……どうすれば良い……あの母親を斬らなくては駄目なの?」
「そうや……斬らなあかんのや」
二人の横で九十九姫がじっと妖魔を見つめている。
「そろそろですわ……彩葉様」
「ええか、彩葉。一気に飛び出てそのまま斬るんや。この前みたいに逃げられへんように」
彩葉は迷っている。この母娘になんの罪がある。幼き少女を思うあまり妖魔となってしまった母親と、それを慕い夜な夜な会いにくる娘。
「今ですわっ!!」
九十九姫が合図をした。
その瞬間、迷いながらも飛び出した彩葉だが、その迷いが一瞬の遅れを生じてしまった。
「お母さんっ!!逃げてっ!!」
少女が母親へと叫んだ時である。
母親の体が袈裟懸けに斬られた。
呆然とそれを見つめる彩葉。
「お母さんっ!!」
泣き叫ぶ少女。
消えゆく母親になんとかすがろうとするも、その手は宙を掴むだけであった。
かちりと鞘へ刀を納める音が闇の中で一際大きく、彩葉の耳に届いてきた。
「討伐終了……」
彩葉の目の前に、鬼切安綱を握る万葉が闇の中でから姿を現した。
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