第44話「手ごわそう」
「フカヒレも蟹も美味しいですね」
と礼音は感想を言った。
「こんなに美味しいものを知らなかったなんて、損をしてた気分だ」
小声でひとりごとを言ったのだが、エヴァの耳はばっちり拾う。
「これから楽しめるわよ!」
と彼女は笑顔で言う。
「そのとおりだ。レオンはたしかまだ二十歳くらいなのだろう?」
とリチャードに聞かれたのでうなずく。
「ワタシとは四歳か五歳くらいの差なのね」
エヴァは興味を持ったらしい。
「何の心配もいらないな」
とリチャードは彼女に微笑む。
(何の心配だ?)
礼音は何のことかさっぱりわからない。
ただ、何となくそれを言うのはためらわれたので、声や態度に出さないように注意する。
「問題は手ごわそうだが」
とリチャードは彼を意味ありげに見た。
「平気よ!」
とエヴァは自信ありげに微笑む。
礼音はやはり沈黙を守り、水餃子を食べる。
(うん、美味い)
と感心した。
いい店は何から何まで美味しいと感動する。
人から見れば滑稽なことかもしれないが、礼音は初めの体験だ。
「レオン、美味しい?」
とエヴァは聞く。
「ああ。とても美味しいよ」
彼が答えると、
「よかったわ、喜んでもらえて」
と彼女は安心する。
「どれが一番だった?」
エヴァはさらに質問を放つ。
「うーん、俺はエビか蟹かなあ」
と礼音は迷いながら返事をする。
「ほんと!? ワタシもエビが好きだし、美味しかったわ!」
とエヴァはサファイアのような瞳を輝かせて喜ぶ。
「気に入ってもらえたなら何よりだ」
リチャードは満足そうに言ってお茶を飲む。
「明日の予定について聞いてもいいかな?」
そして彼はレオンに問いかける。
「決めてませんね。エヴァと日帰りで【アルカン】に行ってもいいのですが」
と礼音は迷いを言葉にした。
「行きたいわ!」
とエヴァがすぐに反応する。
(この子はそうだろうな)
礼音は予想どおりだと思いながら、リチャードに話しかけた。
「ですがそんなに体力を使い続けてもいいのでしょうか?」
「……あなたの懸念はわかるよ」
とリチャードは苦笑する。
「闘病生活が長かったこの子の体力が落ちているのでは? ということだろう?」
「ええ」
礼音は自分の不安が理解されていて、すこし安心した。
「私も同じことを考えていたのだが、【ヌーカ】という薬が想像を超えてすばらしい効果らしい。いまのところ何の問題もないんだ」
とリチャードは話す。
「そうなんですか」
と礼音が言うと、
「そうなのよ! 心配してくれてありがとう! でもワタシは大丈夫!」
とエヴァは自分の胸を軽く叩く。
立派な果実が震える瞬間を彼は目撃したが、紳士的に目をそらす。
「とは言えレオンの気持ちもわかるので、当分は日帰りだけで御願いしたいな」
とリチャードは言う。
「賛成ですね。あっちもすこし不安材料がありますから」
と礼音は言って、サーベルフォックスの話を伝える。
「なるほど。なら慎重になるくらいでいいだろうね」
リチャードがうなずき、
「わかってるわ」
とエヴァも残念そうに言う。
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